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3月9日のまにら新聞から

「30年に1度の洪水に対応」 改修工事初公開

[ 2205字|2023.3.9|社会 (society) ]

パシッグ・マリキナ川改修事業フェーズ4がメディアに初公開された

工事現場で説明をする東洋建設の野村康行プロジェクトマネージャー=2日、首都圏マリキナ市で竹下友章撮影

 国際協力機構(JICA)はこのほど、東洋・清水特定建設工事共同企業体、建設技研インターナショナル(CTII)、公共事業道路省(DPWH)と共に、パシッグ・マリキナ川改修事業フェーズ4の工事現場を初めてメディア向けに公開した。視察には、JICAフィリピン事務所から坂本威午所長、DPWHからクレシル・ダモ・プロジェクトマネージャーらも参加した。

 1999年から始まった同事業はフェーズ4でJICA事業としては完了する。25年12月の施設供用を目指しており、完工すれば、首都圏を貫流する同河川は約30年に一度の大洪水にも対応できる流水能力を獲得する。

 ▽100万を3万に

 92年に赴任し、比に通算19年勤務している東洋建設の野村康行プロジェクトマネージャーは「現在50~60メートルの川幅が80~90メートルに拡幅される。それにより、過去の洪水被害と同程度の水量とした場合、河川拡幅後は拡幅前より河川水位が1メートル下がる」とし「洪水壁も建設され、約30年に一度の大洪水にも対応できる設計となっている」と図面を指しながら説明した。

 CTIIは、パシッグ・マリキナ河川改修事業のフェーズ3までの改修工事および日本の有償資金協力で88年に完成したマンガハン放水路の減災効果を、同事業がなかった場合とあった場合で比較したシミュレーションを行っている。

 それによると、2020年の台風ユリシーズと同等の台風=流域平均雨量302・3ミリ/24時間=が首都圏を襲った場合、事業がなかった場合の想定被災者は100万人、被害額13億ドル、浸水面積は54平方キロメートルだったのに対し、事業効果を踏まえた計算では被災者3万人、被害額2億ドル、浸水面積10平方キロメートルとなった。被災者数は97%減、被害額は85%減、浸水面積は81%減少させる効果との試算だ。

 CTIIの鈴木和人上席技師長は「フェーズ2、3によって、最下流改修区間の河川流水能力は毎秒約700~800立方メートルから毎秒約1200立方メートルに増加した。

 一方、フェーズ4区間では工事が完工すると現在の流下能力毎秒約1200~1500立方メートルが毎秒2900立方メートルに高まる」と説明した。

 ▽日の丸技術が活躍

 公開された現場は、首都圏マリキナ市SMマリキナ周辺のマリキナ川の川岸。現場のゲートにはヘルメット、防じんマスク、安全手袋など作業員向けの安全装備を義務付けるイラストと文字が掲示されている。中に入ると、川沿い数メートルのところに整然と並ぶ波打つ金属板の列が見える。護岸工事の第一段階である杭打ちされた鋼矢板(こうやいた)だ。

 工事は、新たな川岸となる鋼矢板の打設、川岸から距離を空けて設置される洪水壁の建設、掘削と浚渫(しゅんせつ)、護岸の根固めのための捨石工の順に建設。現在は、8600本打ち込む予定の鋼矢板の打設作業中だ。

 同事業は本邦技術活用条件(STEP)を通じた円借款で、日本技術が随所に光る。日本で開発されたハット型鋼矢板とH型鋼の組み合わせ工法は、パシッグ・マリキナ河川改修事業で世界で初めて採用。剛性(変形しにくい性質)が高く、従来の鋼管矢板より効率的に輸送でき経済的にも優れた工法だ。

 それを打ち込むためのウオータージェット併用バイブロハンマ工法も日本の独自技術。硬い岩盤にも杭を打ち込むことができ、かつ低振動・低騒音で近隣住民へかける負担も少ない。河川周りの人口密集地での施工に適した技術だ。

 ただ、そうした「モノ」だけが日本の技術ではない。清水建設の小林望工事課長(38)は施工について「河川改修で一番難しいのは鋼矢板の杭打ち」と指摘。鋼矢板打設は「一枚一枚要求基準内の鉛直性を厳守しかつ湾曲する河川に沿いながら、かつ河川幅が正確に設計値(80~90メートル)になるよう計測しながら21メートルある鋼矢板を地中深く打ち込んでいく必要がある」。こうした正確な施工を比人従業員に伝えるのも小林氏の重要な役目だ。

 パシッグ川の改修工事フェーズ3(12~18年)を施工した際は、ウオータージェットでも貫入不可能な箇所にぶつかった。その部分は「特殊な矢板を製作して硬質地盤を先行貫入させ、なんとか施工を完了させた」。こうした功績で、小林氏は21年に「海外インフラプロジェクト優秀技術者・国土交通大臣奨励賞」を受賞している。

 ▽技術移転の場

 野村プロジェクトマネージャーは、プロジェクトで発生する雇用について「フェーズ3では作業員含め約700人。フェーズ4では現在約300人ほどだが、工事最盛期には700人ほどを予定している」と明らかにした。

 ハット型鋼矢板とH型鋼を溶接する作業は、DPWHからの要求により第三者機関による品質検査を受けている。比で国家資格を持っている比人技師を更に訓練し、社内試験をクリアさせることで高い品質を実現している。

 野村氏は日本の安全管理文化を伝える重要性も強調。「作業所では朝礼、ラジオ体操、月一回の安全大会など日本式の安全管理方法や5S(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)といった日本企業文化を導入している。日本式建設工事の理念である、『よく、早く、安く、安全に、きれいに』が比人に伝えたいポイントだ」と説明した。(竹下友章)

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