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10月28日のまにら新聞から

レンタルオフィスで夢を追う

[ 2582字|2013.10.28|社会 (society)|特集記事 ]

日系初の企業版「トキワ荘」

日系レンタルオフィスへの入居第1号となったIT企業の職場=3日午後4時ごろ、首都圏マカティ市で写す

 首都圏マカティ市のビジネス街、アヤラ通りに面した高層ビル群の一角に、開業して間もないレンタルオフィスがある。若手起業家から大手の駐在員まで幅広い企業が入居し、このオフィスを根城にフィリピンでの成功を夢みて競い合う。かつて、日本の著名な漫画家たちがそれぞれの夢を抱いて修行時代を共にした「トキワ荘」のいわば企業版とも言える。

 ▽ネットの速さが売り

 今年4月初めに、このレンタルオフィスを開業したのは「クロスコープ」。親会社は東京の都心で格安オフィスを展開する。比国内でレンタルオフィスを専業とする企業は、日系では初めて。高層ビル23階の1フロアを35部屋に区切り、貸し出している。入居企業の希望に応じて9種類の広さの部屋を提供。約9平方メートルの3人部屋が人気が高い。約40平方メートルの13人部屋もある。

 これまでに17社が入居を決めた。10社が日系、残りはシンガポール3社と英、豪、インド、ノルウェーの企業が各1社ずつ。ネット回線の速さが売りで、情報技術(IT)系の企業が半数を占める。他には、貿易、自動車製造、人材派遣など。

 「日本語対応が可能という点も売りにしたい」と話すクロスコープのゼネラルマネージャー、高木慎一朗さんは26歳。比事務所の立ち上げを任され、3月末に来比した。今は2人の比人スタッフと3人で、切り盛りしている。高木さんは「これからは起業家やベンチャー企業が社会を変えていく。そういった企業を支援したい」と抱負を話す。

 ▽多数派はベンチャー

 レンタルオフィスは簡単な契約で即日入居でき、賃貸費用も1部屋分だけに抑えられるので、立ち上げ間もない企業の利用が多い。

 比国内で、プリペイド式携帯電話を使ったモバイルサービス事業を展開しているITベンチャー、YOYO Holdings(ヨーヨーホールディングス)が入居第1号となった。

 「オフィスの規模が身の丈に合っていた。インターネットが早いことにも満足」と深田洋輔社長(30)は入居の理由を語る。深田さんは大手IT企業に就職し、スマートフォン向けモバイルサービスの企画営業などを担当していたが、3年目になった昨年に辞め、学生時代から志していた貧困層向け社会的事業(BOPビジネス)を始めるために比入りした。

 BOPビジネスは、世界のピラミッド型人口構造の底辺を占める約40億人とも言われる低所得者層の大市場を対象にする。低所得者層の生活水準向上にも貢献できるようなビジネスモデルが求められる。日本では欧米諸国から約10年遅れで2008年ごろから本格的に立ち上がり始めた。

 ヨーヨーホールディングスは、ウェブサイト上でアンケートに答える代わりに、無料でプリペイド携帯へ課金ができるサービスを運営している。3月にテスト版を公開したとろ、口こみで急速に広まり、この8月には、会員が4万7千人に達した。

 低所得層のユーザーが多いため、将来は慈善事業の周知や、貧困支援団体の調査活動などへの広がりを狙う。「モバイル技術を通して、貧困のない世界を造るのが目標」と深田さんは自身の思いを話した。

 ADerL(アドエル)も4月に入居したITベンチャー。若林パトリック佑治社長(28)は、比人の祖母を持つ。就職した日本のIT企業が東南アジアで子会社立ち上げを計画し、事業担当者を社内募集した際、自ら進んで手を上げた。

 事業地の選定にあたり、アジア圏全体を検討の対象にしたが、悩んだ末、自身のルーツのひとつである比を選んだ。東京で生まれ育った若林さんは、両親の仕事の関係で、6歳の頃から祖母の故郷である比と米国を行き来する日々を送った。16歳で日本に戻ったが、今年1月、再び比入りすることになった。

 アドエルは、登録したユーザーが無料で懸賞に応募できる懸賞サイトを公開。日々の生活に役立つような商品を提供するほか、生活の知恵や比の歴史など、役立つ知識をクイズやIQテストにして公開し、正解者には高級懸賞品に応募できるポイントを付与する。

 社員は若林さんを含め7人、社長以外はすべて比人のITエンジニアである。「比には若くて優秀なエンジニアがあふれている」と若林さんは話す。

 クロスコープ内には、新しいコンテンツ創造を目指すITベンチャーが半数を占める。20代〜30代前半の若手起業家が立ち上げた企業がほとんど。彼らは常に新しいアイディアを模索し、入居企業どうしで情報を交換しつつ、誰よりも早い成功を目指している。

 ▽交流で新ビジネス

 IT大手のNTTデータも、クロスコープに駐在員事務所を置く。インドと並んでアジアで先頭を切る比のビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)分野の拡大を背景に、事業参入の可能性を探る。「フィリピンには世界からアウトソーシング事業を受け入れることができるような可能性がある」と駐在員の和田健也さん(44)は説明する。比の英語に対する理解度の高さなどをその理由に上げた。

 NTTデータのような大手がクロスコープに入居した利点について「日系企業が多く、横のつながりを広げることができる」と和田さんは話す。8月から事業化調査を進めており、新しい事業の共同運営会社など、パートナー探しを行っている。

 1950年代、東京・新宿の木造アパート「トキワ荘」には、すでに人気作家だった手塚治虫を中心に、「ドラえもん」で後に知られるようになる藤子不二雄などの漫画家らが集まり、互いに漫画論を戦わしながら腕を磨いていた。クロスコープでも、日本だけでなく各国のベンチャーや大手企業が集まり、共存共栄を目指すコミュニティを築きつつある。その姿は、「トキワ荘」で共に切磋琢磨(せっさたくま)していた漫画家たちをほうふつとさせる。

 クロスコープは入居企業に交流の場を提供するため、様々な企画を用意している。8月にはヨーヨーホールディングスの深田社長が講師を務め、企業セミナーを開いた。今後も、月1回の個別相談会などを行う予定。今月31日には、クロスコープの比人スタッフが企画したハロウィンパーティーも開かれる。相互の交流から、新しいビジネスが生まれるかもしれない。入居者の誰もがそう感じているようだ。(加藤昌平)

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