「日刊まにら新聞」ウェブ

1992年にマニラで創刊した「日刊まにら新聞」のウェブサイトです。フィリピン発のニュースを毎日配信しています。

マニラ
34度-26度
両替レート
1万円=P3,750
$100=P5785

12月5日のまにら新聞から

連載TAO第4回 「日本で困り事を抱える比人の助けに」 日系4世、ロジャー・レイムンドさん

[ 2284字|2023.12.5|社会 (society) ]

埼玉を拠点にするNPOで、在日フィリピン人の労働問題やDV問題に向き合う、ロジャー・レイムンドさんに話を聞いた

ロジャー・レイムンドさん=本人提供

 日本社会の一員として日本で働き、暮らす在日フィリピン人たち。日本へたどり着いた理由や人生は様々だ。不定期連載「TAO(人)」では、日本で暮らすフィリピン人たちの仕事と人生について聞く。 (東京=冨田すみれ子)

 ロジャー・レイムンドさん(41)は27歳で来日後、関東地方の工場勤務などを経て、現在はNPO法人「カフィン・マイグラント・センター」で埼玉県を拠点に在日フィリピン人の支援に当たっている。工場勤務時代に感じた、外国人労働者が直面する労働問題や搾取とは。話を聞いた。

 ▽苦労した学生時代 家族で支え合い

 6人兄弟の次男としてルソン地方イサベラ州で生まれた。4歳の頃、台風で自宅が全壊し、母方の実家があるパンパンガ州アンヘレス市に家族で身を寄せた。父はトライシクルやトラックの運転手、母は飲食店で働き、生活を切り盛りした。ロジャーさんも高校の頃からレストランでバイトをして家計を助けた。大学では機械工学を学んだが、在学中に結婚し子どもが生まれたため、中退。クラーク特別経済区にある日系企業の工場で働き始めた。生活が落ち着いた頃に復学し、学位を取得。2年働いた頃に日本で働くことを決意した。その背景にあったのは、家族の「日本との繋がり」だった。

 ▽抗日ゲリラに殺された日本人の曽祖父

 レイムンドさんの曽祖父は熊本出身の日本人だった。旧日本軍の工学技師として比へ渡り、イサベラ州で出会った女性と結婚した。しかし太平洋戦争中、スパイだとして同州の山中で抗日ゲリラ・フクバラハップによって処刑された。

 「イサベラでは旧日本軍による残虐行為の犠牲者や被害者が多くいたため、日本人やその家族に対する反感も強かったといいます。フクバラハップは日本人の家族も殺そうと探し回っていたため、家族は比の苗字を名乗り、隠れて生活せざるを得なかったようです」

 1990年の入管法改正以降、フィリピンからも多くの日系人が日本へ働きに行くようになった。レイムンドさんの祖母も当時の記憶を証言し、必要な書類もそろっていたため、手続きを経て、子どもや孫たちは、日系人として日本に移住することができた。今でも複数人の親類が、日本で暮らしている。レイムンドさんの両親も千葉に渡り、水産加工工場で働き始めた。レイムンドさんも両親を頼って来日。両親が勤める工場で共に働き、生活基盤を整えた後、妻と子どもも越してきた。

 ▽外国人労働者が置かれる状況…工場での経験

 来日直後の日本の印象は良かった。比の工場で働いて得られる収入の何倍もの給料が稼げ、海沿いの千葉の街は長閑な雰囲気が心地よかった。しかし、日本の労働環境のスタンダードを知れば知るほど、外国人労働者が置かれる理不尽な待遇に気づき始めた。

 「外国人労働者は外国出身というだけで、日本人労働者より低い給料で働いていました。私たちが働いていた工場は、同業他社の工場と比べても低賃金で、社会保険や有給もありませんでした。地方の中小企業では、労基法に違反しているようなことは多く起こっています。弱い立場に置かれた外国人たちが過酷な労働環境で働かされています」

 レイムンドさんは会社にも掛け合い、他の外国人労働者にも声を上げようと働きかけたが、皆自分や家族の生活を守ることに精一杯で、賛同は得られなかった。結果的にレイムンドさんは転職し、大手コンビニの工場で働き始めた。そこでは、外国人労働者は日本人労働者と同等に扱われ、制度も整っていた。

 しかし、レイムンドさんの両親は現在も、同じ工場で働き続けているという。労働環境が悪いとはいえ、高齢化しつつある両親にとって転職はハードルが高く、10年以上働いた工場や地域から離れるのは難しかった。

 ▽困り事抱える比人の力に

 自身の工場での経験が、外国人が直面する労働問題に関心を持ち始めたきっかけだ。日本で暮らすフィリピン人女性を支援するカフィンの活動と出会い、関わり始めた。カフィンは、日本人男性と結婚し来日した長瀬アガリンさんが1998年に立ち上げた団体で、日本人配偶者からDV被害を受けている比人女性やシングルマザーをサポートしてきた。女性らは同時に職場でも差別や労働条件で問題を抱えており、2012年ごろからレイムンドさんが労働問題面での相談に乗るようになった。日本の労働基準法や法令を学び、ひっきりなしに訪れる相談者の抱える問題に向き合った。

 「相談に来る人々は日常的にパワハラやセクハラの被害に遭っていて、その根底には、外国人労働者を下に見たり、差別的な感情もあったりすると感じています。技能実習生などは最低賃金で搾取されていますし、構造的な問題も感じます」

 外務省によると、日本で暮らす比人は29万8000人(2022年度末統計)。うち、3分の2は女性だ。日本人配偶者からの身体的・経済的・心理的暴力の被害者も少なくなく、別居や離婚に際しては経済的な問題でも出てきたり、女性らの弱い立場を利用した職場での搾取などの労働問題もあったりする。様々な被害に遭っていることに気づかない人も多いため、カフィンでは「まずはあなたの権利を知って」と相談会のほかにセミナーやワークショップを開いている。

 レイムンドさん含む、カフィンの目標は、少しでも職場や家庭で搾取や暴力の被害に遭うフィリピン人や外国人を減らすこと。そのために今日も、カフィンの助けを求めてやってくる相談者一人ひとりに向き合う。

社会 (society)