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4月21日のまにら新聞から

「中国の侵略」というウソ 比を支持する米国の下心

[ 1058字|2024.4.21|社会 (society)|新聞論調 ]

 2003年のイラク侵攻を正当化し、結果として100万人の命を奪うことにつながった「イラクは大量破壊兵器を保有している」という米国の主張は、ウソだった。米国は現在同様に、「南シナ海で中国が侵略的行動をとっている」とのウソを吹聴する。

 その意図は、中期的には比を米軍基地化し台湾を防衛することであり、長期的には中国の覇権を阻止することだ。最近の比日米共同声明でも「南シナ海における中国の危険で攻撃的な行動」を非難した。しかし南シナ海のどこで中国は攻撃的行動をとったのか? スカボロー礁はそれに当たらない。2012年に中国漁民を逮捕した漁業水産資源局の護衛に海軍最大艦BPRグレゴリオデルピラールを派遣するという「攻撃的行動」をとったのは当時のノイノイ・アキノ大統領だ。中国法執行船との膠着(こうちゃく)状態が7週間続いた後、カート・キャンベル米国務次官が介入する。キャンベルは「中国も同時撤退に合意した」とデルロサリオ外相にウソをついた。同相はまんまと退去を命じ、同礁を明け渡した。

 1975年、比は当時友好国だったベトナムにだまされ、南沙諸島南小島の駐留兵が隣の北小島(パロラ島)のパーティーに出ている間に、南小島を奪われた。1994年、中国はラモス政権が外国企業によるレクト堆探査を許可したことの報復にミスチーフ礁を占拠。ラモスは国際世論を味方につけようと、私を含むジャーナリストを揚陸艦に乗せミスチーフ礁に送った。中国民間船とにらみ合いが発生したが、中国軍のフリゲート3隻の黒煙が見えたとき比海軍は同礁から逃亡した。このときに比は同礁の支配権を放棄した。

 1999年5月、比はBRPシエラマドレをアユギン礁に座礁させた。外務省は事故と主張したが、メルカド国防相は国民向けに比の主権主張のためと宣言。エストラダ政権は、抗議する中国に「撤去する予算がない」と弁解した。同時に、「スカベンジャー」に解体されないよう小部隊を配属する必要があると伝えた。中国は同意したが、修繕資材の搬入は行わないことを条件に付けた。それ以降、ノイノイ政権最初の数年間まで、歴代政権は約束を順守した。座礁艦が急速に劣化したのは、防錆(ぼうせい)剤などの補給をしないという約束が守られてきた証拠だ。

 アユギン礁の緊張は米国プロパガンダの唯一の手段となっている。その目的は、比を自発的に米国の傀儡(かいらい)にさせ、「中国の侵略」から守ための米軍の軍事拠点を設置することである。(17日、ジャーナリスト・リゴベルト・ティグラオ)

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