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ムスリムに尊厳ある死を 首都圏で土葬守る人々

2025/11/4 社会
(上)遺体埋葬の様子。向かって左端を持つのがSIRのイブラヒム師。(下)遺体洗浄室を案内してくれたクラッチャさん=1日、首都圏マカティ市の南部墓地で竹下友章撮影

マカティ市にある南部墓地の一角には珍しい公営のイスラム墓地が。イスラムの人々は土葬を守るために奮闘

首都圏マカティ市にある南部墓地(管轄はマニラ市)。フィリピンのお盆「ウンダス」の時期に数十万人が押し寄せるこの墓地の一角に、フィリピンでも極めて希な公営のイスラム墓地があることはあまり知られていない。この墓地はムスリムボランティアと連携し、ややもすれば本人の意思に反してイスラム教の禁忌に触れる方法で葬られる同胞に、死の尊厳を与える役目を果たしている。

 ウンダスがピークを迎えた1日の万聖節。南部墓地を訪ねると、張り出された墓地マップの中に「イスラム墓地」の単語を見つけた。訪ねると、サウジアラビア風の建築物がある。2021年、マニラ市のモレノ市長(第1期目)が条例で建てたイスラム墓地だ。コロナ禍で火葬が推奨されるなか、イスラムの伝統を守る必要性もあって建てられたのだという。

 ちょっとした中庭ほどの墓地の中央には小振りな建物があり、「マニライスラム墓地・文化ホール」とある。参拝者であふれ返る南部墓地のなかで、ここだけは人気(ひとけ)がない。その門前で入館手続きに当たっている全身黒ずくめの女性職員は、マリエタ・クラッチャさんだ。髪を隠すヒジャブ、顔を隠すブルカ、全身にまとうアバヤと完全装備だ。

 クラッチャさんは改宗イスラム教徒だ。カトリックに生まれ、一家が礼拝堂を持っていたというクラッチャさんは、台湾や香港で海外比人就労者(OFW)として働き、十分な収入を得ていた。だが10年ほど前、イスラム教に「真理」を見出し、改宗した。現在はイマーム(イスラム導師)の夫を持つが、多くの女性改宗者と異なり自分の意志で独身時代に改宗した。

 ▽フレディー・アギラも眠る

 墓地に畝(うね)のようにならぶ墓は、至ってシンプル。盛り土の上に墓標があるだけだ。それぞれ男性墓、女性墓、そして乳児墓と区分けがなされている。その中には、70年代に「ANAK(日本語訳で『息子よ』)」で日本を始め世界的に人気を博したピノイ・ロックの代表的アーティスト、フレディー・アギラさん=今年5月に逝去=のものもあった。国民的スターであっても、墓は庶民と全く変わらない。

 この墓地の埋葬第一号は、日本人の妻だったという。確かに、「リガヤ・アルパッド・スズキ」と書かれた墓標がある。死亡日は21年7月2日、墓地の開園前だったが、強い希望で受け入れたという。

 「亡くなった人は平等。イスラム教ではカトリックのようにたくさんのお供え物をしたり、祝ったりすることはしない。そうするお金があるなら、恵まれない人に施したほうがいい。合理的でしょう」とクラッチャさん。この墓地での埋葬はフルセットで1万6000ペソほど。「カトリック式だと5万ペソかかる。イスラム式のほうが経済的だ」と笑った。

 「以前の仕事の方が収入が高かった。でも今は最低賃金水準。ここにはボランティアの人も働いている」と語るクラッチャさんが、ここでイスラム共同体への奉仕のためにとどまる理由は、「お金はあの世に持っていけない。でも本当に大事なことに人生を使った人は死後に楽園へ行ける」。

 

 ▽祈りと遺体洗浄

 クラッチャさんの肩書はマニラ市の「保健職員」。その理由は、「文化ホール」に入って分かった。名前からイスラム教の文物の展示があるかと思ったが、祈りを捧げる広間、管理人室、そして遺体清掃室の3室のみ。この施設の主な機能は、礼拝のほか、遺体を洗浄し、埋葬の準備をすることだと分かる。そしてクラッチャさんの役目は、女性の遺体を清めることだ。

 「男性の遺体は男性が、女性の遺体は女性が清める。故人にもプライバシーはあり、敬意を払わなくてはならない」。イスラム教では亡くなった後もまだ生きていると考え、血を抜いて保存液を注入するエンバーミングを行わず、また、死後24時間以内に埋葬するのが教義だと説明してくれた。コロナ禍では全身防護服を来て、死体洗いの役目を果たしたという。

 その教義は、フィリピンカトリックの文化と衝突する。比では一般的に死後エンバーミングを行い、豪華な棺桶に収めて長期間のお通夜(ウエーク)を通じて別れを惜しむ。だがそれはムスリムにとっては禁忌。カトリック家庭のイスラム教徒が亡くなると、遺族の思いと本人の遺志に齟齬(そご)が生じる。

 

 ▽行動派ウラマー

 そうした問題を背景に発足したのがイスラム有志ボランティア団体の「サラアム・イバダフ・レスキュー(SIR)」だ。「平和と信仰行為の救助」を意味する同団体は、2019年に設立。ブラカン州のモスクでイマームを務めるラマン・イブラヒム師が代表を務める。SNSのフォロワーは3万人近いが、アクティブなメンバーは5人のみ。発足当初はジプニー(乗合バス)の車両を救急車代わりにしていたが、今は喜捨を貯めて民間救急車を手に入れた。

 この日も遺体が搬送されてきた。バシラン州出身で、90年代からマニラ市ビノンドで暮らしてきたハンジュルキフリさん(享年61)だ。緑、黒、黄色のイスラムカラーで彩られた派手な救急車両から、遺体を収容した黒い袋が搬出される。それを男性職員が遺体洗浄室に入れ、最初に洗う。その後、遺族と対面する。洗浄室は簡素で、洗浄用の台と水気を取るための台、あとはホースがあるのみ。壁のラックにはボディーソープやシャンプー。生きている人と同じもので沐浴(もくよく)させる。

 遺族はすすり泣きながら、慈しむように故人の頭をなで、ほほに口づけをし、その手足を清める。洗い終えると職員は局部が見えないように配慮しながら、台を移して体を拭き、白い布で全身顔まで覆い、それを幾重(いくえ)にも巻く。最後に織物で包み、タンカに移して礼拝室に運ぶ。そして亡き骸を前に全員でひざまずき、アッラーに祈りを捧げる。

 スコップで掘られた墓穴は、大人の肩が隠れる深さだ。そこに遺体を直に置き、顔をメッカの方角に向ける。棺桶は使用しないが、土壁の一方に白い布を釘付けし、遺体上部を保護するように木の板を斜めに立てかける。今日のためにバシランからはるばる訪問した弟のナジェールさん(54)は、職員に混ざって土を墓穴に埋める。兄の骸(むくろ)を手ずから清め、土まみれになって埋葬したナジェールさん。葬儀の後は疲れ切った様子で、「私は兄のために自分を犠牲にした」と苦笑し、「だがこれは兄が天国に行くために必要。弟の義務だ」と語った。

 スポーティーな格好で救急車から舞い降り、テキパキと一連の式を司ったSIRのイブラヒム師。「われわれは(イスラムの)きょうだいを火葬から助けるために活動している。イスラム教は厳格で、遺体を尊重する。正しい埋葬はわれわれにとっては母の子宮に赤子を宿すようなもので、決して遺体を傷つけてはいけない」と語気を強めた。ときには遺族と「戦うこともある」というイブラヒム師。「本人の遺志に反して、棺に収められて通夜をされた同胞もいた。それでも遺族から遺体を引き取り、イスラム式で土葬した」と語り、棺桶を救急車に乗せた写真を見せた。 (竹下友章)

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