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6月18日のまにら新聞から

「自ら法律となる以外道なし」 マカティ市で警官と「交戦」 被害者家族の知る実像

[ 2256字|2023.6.18|社会 (society) ]

首都圏マカティ市ポブレシオンで9日夜に警察官と「交戦」となり死亡したとされる被害者の家族から生前の実像を聞いた

ピータージェームス・アビレスさんの棺と遺影の前に立つ家族ら=14日正午過ぎ、首都圏マニラ市サンタアナ地区で岡田薫撮影

 首都圏マカティ市ポブラシオンで9日午後10時55分ごろ、ナンバープレートの無いオートバイに乗っていて、警察の制止を聞かずに逃げた末、警察官と「交戦」となり死亡したとされるピータージェームス・アビレスさん(33)。タブロイド紙や、「大衆紙」上に掲載したまにら新聞、地元全国紙上でも「強盗容疑者」「殺人容疑者」として報じられた。マニラ市サンタアナ地区に住む家族から生前のジェームスさんの実像を聞いた。

 一家の長女であるメリーローズ・カガワンさん(47)は棺を前に、ジェームスさんには元々7男5女の12人きょうだいがおり、「亡くなったのは彼で3人目」と明かした。上方に改築された自宅には4階まで一家計20人が住むが、近くから定期的に顔を出す者や、ケイマン諸島で働く長男のようなきょうだいもいる。

 ジェームスさんは、マニラ市サンアンドレス地区にあるラファエル・パルマ小学校に通ったが、1年時から不登校となり、もっぱら近所の友達と幼少期を遊びながら過ごした。それでも「ある程度読み書きはできた」とカガワンさん。少年〜青年時代を通じて親友と呼べる友人は近隣のバランガイ(最小行政区)に多く、「あまり良くない仲間ともつるんでいた」とする一方、「酒を飲むのは大好きだったが、タバコは吸わず薬物にも手を出さなかった。家族思いで優しい弟だった」と振り返った。

▽事実に食い違い

 マカティ署の捜査官は、まにら新聞に「ジェームス容疑者には4件の逮捕状が出ていた」としたが、家族はその事実を否定している。事件当日の9日は警察によると、市内で2人組のバイク乗りの取り締まりをしていた。そこへ「ナンバープレートの無いバイクに乗ったジェームス容疑者が通りかかった。やり取りをした際、拳銃を所持しているのも分かった」と明かした。家族は「バイクは無免許」と認めているが、拳銃は「警察が言う強盗のためなどではなく、自己防衛のため」との認識を示した。

 初期報告書にはバイクで逃亡したジェームスさんを「市民の助けを得て捕まえようとした」とある。「市内で数々の強盗事件を起こした容疑者」と説明している。家族はこの強盗事件に疑問を呈している。警察はこの日に「新たな強盗の発生を阻止した」と成果を強調しているが、その場にいた住民に対し「強盗だ、捕まえろ」と煽ったのは警察官であった可能性もあり、警察自身が「報告書内に行き過ぎた表現があった」と認めている。

▽「報告書には不備」

 事件直後から拡散された動画には、ジェームスさんをジョイライド運転手や道端にいた無関係な住民がリンチしている状況が伝わってくる。ジェームスさんが拳銃を取り出し、空に向けて撃ったのは、その状況から抜け出すためだったが、ポブラシオン署の警察官はジェームスさんに複数の銃弾を浴びせた。後にジェームスさんの拳銃からとする空の薬莢4発を回収したとしている。しかし、「交戦」相手の警察を含め、負傷者は1人もいない。リンチがなければ、ジェームスさんが拳銃を取り出す状況は生まれなかった可能性は高い。

 マカティ署の署長秘書は「映像の存在は知らない」とし「事実確認を行う」と回答。存在を知る捜査官は「報告書には不備があり、全体像を正確に伝え切れていないので、修正する」と回答した。その間もメディアを通じて、「不正確」な事件記事は拡散されていく。警察が「独身」と記載するジェームスさんには、未婚ながら行きつけの近隣バランガイに長年の恋人がおり、2人の間には11歳になる息子1人もいる。

▽身の覚えなく11年

 逮捕状4件について家族に問うと、ジェームスさんが服役済みであることを明かした。弁護士から訴えられた「金塊入りスーツケースの窃盗」と、元警察官のバランガイ議長による「殺人」容疑の告発がなされた。いずれも身に覚えのない罪が重なり11年間、マニラ・マカティ両市の拘置所、ニュービリビッド刑務所(モンテンルパ市)、イワヒグ刑務所(パラワン州)を転々とした。

 ジェームスさんは今年4月に刑期を終えて出所。実家に戻ってしばらく経った5月初め、近所のバランガイを歩いていると、「フランシス」という見知らぬ呼び声がした。振り向いた途端、捜査班が追っていた「フランシス」という人物と間違えられ、銃撃された。太ももを撃たれながらも自宅までたどり着いたが、命の危険を感じ、すぐ親戚宅に身を隠したという。警察は血の跡を追って自宅へ押しかけ、捜索した末に人違いだと分かり、それっきりだったという。

 それを機にジェームスさんは拳銃を所持し始めた。5月の2〜3週目には、恋人の住むバランガイで、屋外の椅子に座っていると、明確な理由もなく男からナイフで腰付近を何度も切りつけられた。ジェームスさんは拳銃を2発打って応戦した。男は現在も入院しているが、命に別状はなく、ジェームスさんは被害者であり、その件で逮捕状は出ていなかったという。

 ジェームスさんは生前、「法律は金持ちのためにある。自ら法律となる以外に道はない」と家族に語っていたという。家族は病院代で1万ペソ、遺体安置所から遺体を引き取るのに5万ペソを請求され、親戚中や知人などから苦労してかき集めた。「本来こうしたことは警察が責任を持つべきではないのか」との憤りも耳にした。

 自宅1階での通夜の訪問者は疎らで、近親者たちが故人を静かに悼む中、庭からは子どもたちの遊ぶ声が聞こえていた。(岡田薫)

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