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6月16日のまにら新聞から

中国封じ込めの出口は戦争 NY州立大・ベロー教授講演(下)

[ 2590字|2023.6.16|社会 (society) ]

ベロー教授講演後半部。中国の軍事戦略と、それに応じた比の動き

 「比の知性」と称される、元下院議員で現在ニューヨーク州立大で教鞭をとるウォルデン・ベロー教授が10日、沖縄で「半主権の危うさ―大国間対立の手中にある沖縄とフィリピン―」と題する講演を行った。後半となる今回は米国に対抗して南シナ海進出を強めた中国の軍事戦略と、それに応じた比の動きを考察した部分の概要を紹介する。(竹下友章)

 ▽天然の司令部

 1899年遠征隊を率い比を征服した、ダグラス・マッカーサー元帥の父であるアーサー・マッカーサー陸軍准将ほど比の戦略的価値をたくみに把握した人物はいない。

 彼は比の戦略的な位置について「世界中のどの場所よりも優れている。大陸との間に横たわるシナ海は安全な堀にほかならない。最小限の力で、立地自体が敵対行為を抑止する司令部の効果を発揮する」と分析した。この言葉は、比が米国の中国封じ込め戦略にとって重要な駒となった今、現代的な意味を持つ。

 1991年に比が米軍基地を撤退させたという記憶のある人は、なぜ今になって米軍基地が戻ってきたのか、と疑問を呈す。これは90年代以降の中国の軍事的な動きと関係がある。

 最も大きな動きは、90年代半ばに中国が比の排他的経済水域(EEZ)内のミスチーフ礁を「風雨から避難する施設を作る」という名目の下、忍び足で占領したことだ。これに対し比は1998年、米国と訪問軍地位協定(VFA)を締結することで対抗した。

 ブッシュ政権時、対テロ戦争の一貫として、比南部のバシラン島周辺に米軍特殊部隊を常時配備させることが決まった。外国軍の常駐を禁ずる現行憲法上の問題を避けるため、特殊部隊を中心とする米軍人の駐留は比軍の演習や技術的助言を行うことを目的とした「ローテーション」に基づくものとし、正当防衛以外の武器使用権限がないとされた。

 一方、中国は2000年代、海洋進出を一層強化する。2009年には南シナ海の大部分を自国の海域と主張する「九段線」の地図を中国は国連に提出している。中国の海上保安機関が比の伝統的漁場から漁民を排除するようになり、もっとも豊かな漁場の一つだったスカボロー礁の実行支配はノイノイ・アキノ政権期に中国に奪われた。これに対し、ノイノイ大統領は仲裁裁判所に提訴するとともに、オバマ政権と防衛協力強化協定(EDCA)を締結。EDCAは米国が比に持ち込める兵器、軍隊、軍事施設の制限を取り払った。

 ▽海洋進出加速させた「屈辱」

 なぜ中国が南シナ海で海洋進出を強めたかは、台湾問題と関連する。1995年に米国は台湾の李登輝総統の訪米を許可。激怒した中国は台湾周辺でミサイル実験など大規模な軍事演習を実施した。これに対し米国は1996年、超大型原子力空母ニミッツ、軽空母インディペンデンス率いる空母打撃群を派遣し台湾海峡を通過してみせた。これによって、中国の産業中心地である東南沿岸地域がいかに米国の海軍力に対し脆弱(ぜいじゃく)であるかを見せつけたのである。中国はこの屈辱から海洋進出を本格化させた。

 国防アナリストのサミール・タタ氏は「中国のようなランドパワー(陸上勢力)は海からの水陸両用上陸、空からのパラシュート部隊降下、陸路から侵入した本土攻撃というありえない可能性を心配する必要はない。中国が脆弱になるのは、沿岸から12カイリの領海の外の海域を米国が支配したときだ」と分析している。米海軍は長距離砲、ミサイル、無人航空機による爆撃などの方法で「地平線の向こう」から中国東海岸のインフラを麻痺させる能力を持つからだ。

 この国防上の脆弱性に対処するため、中国は防衛線の拡大に取り組んできた。南シナ海で実効支配している、または比から奪取した島や岩礁を、敵ミサイルや航空機を撃墜する対空・対艦ミサイル装備(領域拒否兵器)によって固めるという形で防衛戦略を発展させてきた。この戦略的意図自体は、侵略的というより防衛的ではある。だが、中国はほぼ周辺国と協議もせず、国際法にも違反しながら南シナ海の海洋地形を軍事化させたことで、近隣諸国を激怒させている。

 ▽「巻き込まれ」懸念

 こうした中国の一方的な行動はオバマ政権時代からあった対中封じ込め政策に弾みをつけるものだった。しかし、米国の対中対抗姿勢は、東南アジア諸国に「自国の利益にならない地域対立に巻き込まれるのでは」との懸念を生じさせている。特に最近流出した米空軍のマイク・ミニハン大将による「2025年に台湾有事が発生し、米国も参戦する可能性がある」との観測を記したメモは耳目を集めた。重要なことは、数年内の中国との衝突を予測する米軍高官は彼一人ではないということだ。

 私が下院議員として14年にベトナムを訪問した際、ベトナム政府は「中国との交戦規定を持っていないため『チキンレース』が激化した際に激しい紛争に発展する可能性がある」と懸念を説明した。

 ただし、ベトナムは比と同様に海域を巡り中国と争っているものの、一方でバイデン政権の対中政策には距離を置いている。ベトナム共産党のチュオン書記長は最近訪中した際、ベトナムが外国軍に国内軍事施設設置の許可を与えず、一国にくみして他国に対抗するようなことはしない政策を維持することを約束した。

 ▽中国行動変化の可能性

 米中対立の中で、比日がベトナムのような中立的立場をとるのは難しい。米軍は領土的にも制度的にもエリート間の相互依存という点でも、両国に深く根付きすぎている。

 ただし、決定論に陥るべきでもない。より中立的で、少なくとも今より微妙な立場を取ることは不可能ではないはずだ。比日を中国封じ込め戦略に取り込もうとする米国の行動は、米国が望むのとは異なる結果をもたらす可能性がある。実際、対中封じ込め政策は、緊張激化と戦争以外に出口がない。それが発生したとき勝者はいない。

 一方で、中国が単独行動を止め、東南アジア諸国連合(ASEAN)との行動規範づくりの交渉に真剣に応じれば、領土、資源、軍事問題への多国間取り組みの第一歩となる可能性がある。中国の態度は決して硬直的ではない。実際、中国は「ゼロ・コロナ」政策に出口がないと判断するや、一夜にして政策を転換するなど政策決定に対する柔軟性も見せている。(終わり)

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