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12月15日のまにら新聞から

KTV、実習生、結婚に着眼 若手研究者が意欲的報告

[ 1890字|2022.12.15|社会 (society) ]

東大で4年に1度の国際フィリピン研究大会が開催。日本の若手研究者も多数発表

研究報告を行う田川夢乃研究員=11月27日、東大駒場キャンパス

 東大で先月末開催された4年に1度の国際フィリピン研究大会「第5回フィリピン・スタディーズ・コンファレンス・イン・ジャパン」(PSCJ)には、比日米を中心に世界各国の大学、研究機関からフィリピン研究者が参加した。約160の報告がなされる中、多くの日本人若手フィリピン研究者も独自の着眼点から意欲的な研究成果を英語で報告した。

 ▽16時間労働休みなし

 愛媛大学の飯田悠哉研究員は、フィリピン人農業技能実習生らが働く長野県の園芸産地で実施した参与観察の結果を報告。農村出身の男性が主である実習生らは夏場に約20キロのレタス箱を1日100箱運ぶなどの重労働を、午前3~4時から午後6時まで休みなく行っており、多くが腰、膝、肩の筋肉・関節痛や、農薬や植物アレルギーによる手荒れなど身体的な損傷を経験していることを紹介した。

 その上で飯田研究員は農業実習生らの間にある共同性に注目。実習生の間には自己の身体の傷(いた)みを「海外就労の必然的な犠牲」とみなし、他者にもそのような力強い態度を要求する「マスキュリニティ」(男性性)に基づく共同性が目立つ一方で、監視が外れた際には作業テンポなどが暗黙的に調整されていたという観察結果を説明。他者の「生理学的身体の被傷性」への知覚と配慮に基づく潜伏的な共同性も存在すると論じた。

 ▽中絶の主体性とは

 「妊娠期の喪失経験における対象喪失への応答可能性」をテーマに報告した東大大学院総合文化研究科の久保裕子さんは、フェミニストによる「自己決定」という権利の必要性を唱える言説と、カトリック系NGOによる避妊に対する「自己認識」の重要性を訴える言説という、比における性と生殖に関する2言説を検討した。

 妊娠期の喪失を経験した比人女性へのインタビューに基づき、非合法な中絶をした女性は夫や親族に強く促されて行うなど、必ずしも「主体的に」意図して選択しているとは限らないという実態を提示。一方で、未婚女性の67%が「伝統的」および「近代的」な方法を含め全く避妊しないことを紹介した。そもそも「伝統的」と「近代的」避妊法を区別する自然/人為の境界自体が曖昧(あいまいだとし、比社会における「自己決定」、「自己認識」それぞれの定義の不明瞭さを説明した。

 ▽キスも「ただの仕事」

 京大東南アジア地域研究研究所の田川夢乃連携研究員は、「親密性の労働」とみなされるカラオケバー「KTV」ホステスとコールセンタースタッフの労働の性質をインタビュー調査に基づいて検討。

 同研究員は、コールセンターでは「顧客の攻撃的な言葉に対しても辛抱強くある」、KTVでは「顧客に対し恋人のように振る舞う」といった形で経営者側から「親密さ」を労働として提供することが要求されていることを、事例を挙げて説明。

 KTVについては、私的な付き合いや肉体関係のある「ジョワ」(恋人)と呼ぶ特別な常連客を持つホステスもいる一方、多くのホステスが、口づけなどの身体的接触も含め「ただの仕事」という線引きを持っていたことも紹介した。

 こうした事例を通じ田川研究員は、経営者側が求める商品化された「親密さ」もある一方で、被雇用者側は「それをある面では内面化しつつも、別の面ではずらして(あるいは無視して)利用している」と指摘。「親密性の労働」に従事する人たちは、不安定な雇用環境下で仕事を自分のライフコースにおける利益最大化のための「飛び石」として活用していると考察した。

 ▽異宗教婚夫婦の危機

 京大東南アジア地域研究研究所の吉澤あすな研究員は、イスラム、キリスト両教徒が相互に警戒心を持ちつつ隣人として日々共存しているミンダナオ地方イリガン市での異宗教間婚に着目。

 同市でのフィールドワークに基づき、伝統的なイスラム教民族集団マラナオ出身の女性とビサヤ地方出身のキリスト教男性との結婚は極めてまれである一方、ビサヤ系キリスト教女性とマラナオ男性との結婚は「比較的普通」であるという非対称性を指摘した。

 さらに「愛によって宗教の違いを乗り越えた」と語る夫婦でも、「子どもの宗教を選択するとき」と「配偶者(多くの場合イスラム教の夫)が宗教的に敬虔(けいけん)さを深めるとき」に夫婦間の相違が前景化することを、事例を通じて説明。

 また、複婚が許容されるイスラム教の夫が他の女性と結婚した際、キリスト教の妻は夫とイスラムの価値観を容認不可能とするか、よりイスラムへの理解を深めその価値を内面化するかの選択を迫られるとした。(竹下友章)

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