12日、全国で中間選挙の投票が始まった。首都圏のスラム地区の一つマニラ市バセコ（バランガイ６４９）の投票所（コラソンアキノ高校）周辺は、バランガイ（最小行政区）、ＮＧＯ、各候補者の支援者など様々なアクターがテントを設置し、活発な活動をみせた。

　投票所前に設置されている投票方法の手引きをするというテントでは、市長候補にイスコ・モレノ前市長、上院候補にマルコス・ドゥテルテ両陣営候補が混在する具体名が記入された「投票サンプル」が配布された。バランガイ（最小行政区）の評議員が主導したもので、この地区にとって最良の候補を選んだという。

　同地区のモスク「ダルッサラム」の管理人を務めるギアマ・パンドさんによると、同地区は職を求め流入したイスラム系住民が約７０００人が暮らす。下院最大与党ラカスＣＭＤ所属のアーウィン・ティエン下院議員とラクナ現市長らを支持するサンプル投票用紙を配布するテントには、ヒジャブを被った女性ボランティアが多く見られた。この地区のイスラムコミュニティーは、ティエン派が多いという。一方、市長選世論調査で３番手につけるサミュエル・ベルゾサ現下院議員＝都市貧困に取り組む政党リスト党「トゥトックトゥウィン」代表＝の支援者のテントは、炊き出しなどを通じて貧困緩和に取り組むＮＧＯ「バンタイバヤン」が協力して運営。ボランティアに食べ物と水を配布した。また、住居を持たない人たちのため居住地建設などを行うＮＧＯ「カバリカットサカウンララン」バセコ支部は、独自に選挙監視活動を実施した。

　▽一人ひとりを見極める有権者

　貧困地区住民はどの候補に何を託すのか。有権者の声から見えてくるのは、どの陣営に属しているかではなく、実績や資質によって、一人ひとりの候補を見定めようとする人々の真剣さだ。

　マギンダナオ出身（モロ族）で、10年以上前にバセコに移住し露天で携帯の付属品などを販売を行ってきたバイカンさん（32）は投票所で、市長選では「モレノ候補に票を投じるつもりだ」と答えた。その理由については「現職ラクナ氏が悪いわけではないが、モレノ前市長の方が公営住宅や病院の建設など、たくさん仕事をしていた」と説明。10月に控えるバンサモロイスラム自治地域（ＢＡＲＭＭ）の自治政府発足のための選挙については「10月は有権者登録を地元で行って投票するつもり。私は（ＡＢＲＭＭの有力氏族）マングダダドゥ氏に投票する」と語った。

　肉体労働などを行うジャルナルさん（27）は、上院選の投票先として、元ボクシング６階級制覇王者のパッキャオ氏、トゥルフォ下院議員、ナンシー・ビナイ現上院議員などマルコス陣営のほか、アキノ家出身のバム・アキノ候補、野党・自由党名誉党首のパギリナン前上院議員などリベラル派、ドゥテルテ陣営のマルコレタ候補も挙げた。

　28年の大統領選では「サラ氏に投票する」とういうジャルナルさんは、ドゥテルテ前政権について「多くの事業を前進させた。麻薬戦争で多くの人が殺されたが、それによって治安は改善した」と肯定的に評価。その一方で、サラ氏が支持を表明しているアイミー・マルコス上院議員とカミール・ビリヤール下院議員については「投票する気はない」とした。

　露天や手伝いなどで生計を立ててきたコニー・マカリノさん（62）は、「どの市長候補に投票したかは秘密」としながら、上院選では、アバロス前内務自治相、トレンティーノ現上院議員などマルコス陣営の候補に票を投じた一方で、ドゥテルテ陣営のボン・ゴー現上院議員にも票を投じたことを明らかにた。その理由として「ボン・ゴーは（貧困地区住民に福祉サービスを提供する）マサキットセンターを設立した。これは非常に助かっている」と語った。

　市内の大学に通うトランス女性のイェンさん（22）は、上院選には「動物愛護活動家のマルケス・ノーマン候補のみに投票する」と回答。「マルコス陣営もドゥテルテ陣営も政治王朝という点で同類」と指摘した。市長選の投票先ではモレノ市を挙げ、「コロナ禍では市としてもアユダ（現金・現物給付）を行うなど、困難に置かれた人に寄り添った」と語った。

　全員、「票買収を経験したり、聞いたことはあるか」との質問に、「この地区でそういったことを経験したことはない」とはっきり述べた。（竹下友章）