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ガレオン船の忘れられた挿話 御宿町への漂流

2018/5/27 社会

 先週末、上智大学の寺田勇文教授の運転で、フィリピンと日本の間の忘れられた挿話を探しに千葉県御宿町へ向かった。黒いウェットスーツを着たサーファーでいっぱいの海岸に、2人の洋ナシ体型の学者の居場所はなく、海を見下ろす記念碑を訪れた。それは日西墨3国の友好関係の始まりを象徴するものだった。

 1609年9月30日、マニラからメキシコのアカプルコに向かっていたガレオン船3隻の一つ、サンフランシスコが難破し、御宿町沖に漂着。比の臨時総督だったドン・ロドリゴを含む比人乗組員ら300人以上が村民に救助された。

 御宿町の伝承によると、凍えて飢えたガレオン船の生存者たちは、海女たちに救助された。ロドリゴは9カ月間日本を旅行し、徳川家康と会見し、日本とメキシコの貿易拡大、ガレオン船による日本沿岸地図作成、キリスト教の布教などについて話し合った。

 漂着翌年の1610年8月には、ガレオン船サン・ブエナ・ベントゥーラが建造され、ロドリゴら難破船の生存者たちに加え、京都商人の田中勝介がメキシコに渡った。総督のルイス・デ・ベラスコは、日本人を大歓迎し、翌年の1611年には特使を日本に送り、ロドリゴらの救出に謝意を伝えた。

 御宿町の看板に描かれた日本、メキシコ、スペインの旗を見ると、なぜ比がいないのかと思う。記念碑が建てられた1928年、メキシコはスペインから独立した一方で、比は米国の支配を受けていた。比は歴史から忘れられているようだ。(23日、インクワイアラー、アンベス・オカンポ氏)

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