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ハロハロ

2011/5/23 社会

 東京・有楽町寄りの日比谷公園の植え込みの一角にフィリピン独立の英雄、ホセ・リサールの胸像がひっそりと立っている。かつて公園内にあったホテルに投宿したことがあるリサールの生誕百周年を記念して建てられた。発起人には、当時の東京都知事だった東竜太郎、作家の木村毅、それに日本リサール協会の理事長もつとめた元軍人の神保信彦が名を連ねている。神保は第2次大戦中、比で陸軍中佐として比人捕虜の監視にあたり、その縁で命を助けることになったロハス将軍が戦後、比初代大統領となったことから日比友好の架け橋役をつとめた人物である。

 リサールが来日したのは、1888年(明治21年)春。欧州に亡命する旅の途中で、横浜に船で上陸した稀代の詩人にして医学博士は、旗本の娘おせいさん(臼井勢以子)と出会ったこともあって、当初の滞日予定を延ばし、彼女の案内で歌舞伎を見たり、春浅い箱根や日光に足を向ける。この間の事情は、リサールが本国の友人や家族に宛てた手紙、日記などで広く知られているところだ。

 リサールがマニラで非業の死を遂げるのは、それから約8年半後である。当時の日本の新聞には、その処刑の模様が香港紙を転電する形で短く掲載されている。「……この処刑は人民に深き感慨を起こさしめたるも市中は極めて静粛なり」と。6月19日は、リサール生誕から150周年、比でも様々な記念行事が予定されている。(邦)

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