特定非営利活動(NPO)法人JFCネットワークは、心理的、経済的に困難を抱えるフィリピンの新日系人の子どもたちを対象に、人権擁護活動に取り組む市民団体。1994年に東京でNGOとして発足後、1998年にフィリピン支部、通称「マリガヤハウス」が設立され、現在はJFCネットワークの委託を受けて活動している。マリガヤハウス理事の1人の太田貴さん(32)=静岡県出身=に、団体の活動について、まにら新聞が取材した。
1980年代後半から2005年にかけ、多くの比人女性がエンターテイナーとして来日し、フィリピンパブで就労した。当時、比人女性と日本人男性の間に多くの子どもが生まれ、幸せな家庭で育つ子どももいた一方、父親と連絡が取れなくなり、事実上父親に遺棄されてしまう子どもたちが多くいた。団体名にもあるJFCは「Japanese Filipino Children」の略で、興行での移住労働が盛んになった1980年代以降に多く生まれた。
同団体はJFCとその母親を対象に、日比ハーフの子どもに対する父親の認知サポートを行っている。団体発足当時は幼い子どもを持つ比人女性が中心だったが、現在はJFC本人も支援を求め、同団体に相談している。日本政府に支援を求める人も一定数存在し、大使館から紹介された相談者がマリガヤハウスを訪れることもある。
現在は対面での相談は受け付けておらず、原則としてメールやSNSを通じたオンライン対応のみになっている。コロナ禍以前は、フィリピン各地から支援を求めて事務所を直接訪ねる相談者が後を絶たなかったという。太田さんによると、コロナ禍をきっかけにオンライン相談に切り替えてからも、手軽さからフィリピン各地より「ひっきりなし」に相談が届くという。
▽手続きの流れ
相談支援は、十分な証拠書類がそろっている人と、15~17歳の申請者が優先される。18歳の成人を迎えると、日本国籍の取得ができなくなってしまうためだ。支援対象となったJFCはオリエンテーションと手続きの説明を受けた後、認知請求と国籍取得に向けた手続きが始まる。
JFCが日本国籍を取得するためには、父親がJFCを自身の子どもとして「認知」し、日本国籍取得の届け出をしなければならない。初めに調停で話し合いを実施し、父親が同意した場合はDNA鑑定が実施される。父親が認知を拒否した場合は、訴訟を提起し、証拠書類のみで父子関係が認められることもある。
法的な父子関係が認められると、JFCは日本国籍を取得できるようになる。団体の支援のもとで戸籍が編製され、日本のパスポートを取得する。そのほか、日本での生活や就労について説明する国籍オリエンテーションや、相続支援などが行われると、マリガヤハウスの役割が完了する。
なお、父親は自身の戸籍謄本にJFCを認知した旨が記載されるほか、JFCの扶養義務が発生する。婚内子と同等の相続権がJFCに発生することから、認知にネガティブな反応を示す父親も少なくないという。
同団体はこれまで、千人以上のJFCを支援してきた。現在10万~20万人存在するといわれているJFCのうち、約1%に該当する人数だ。裁判にかかる時間は「1~3年で、ケースによって大きく変わる」と太田さんは教えてくれた。(宇井日菜)