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8月2日のまにら新聞から

そして政権は崩壊した 大野拓司氏講演(下)

[ 2009字|2022.8.2|社会 (society) ]

父親の故マルコス元大統領は下院議員時代から大統領を目指すと公言するなど野心的な政治家

 故マルコス大統領は下院議員時代から大統領を目指すと公言するなど野心的な政治家で、1965年の大統領選に当選するとコメ増産と道路建設などインフラ促進政策に注力した。

 1969年11月の大統領選でも勝利し、フィリピン共和国史上初の大統領2期目に入ると、任期中の72年9月に「左派(=共産主義勢力)、右派(=伝統的財閥)による国家転覆危機からの救済」を掲げ、戒厳令を発令。同時に戒厳令下に5回の国民直接投票(レファレンダム)を実施するなどし、権力の集中に対する正統性への配慮は「他国の開発独裁元首に見られなかった」と大野氏は話す。また、「病んだ社会」の処方箋として打ち上げた「新社会」のビジョン構築で掲げた治安向上、農地改革、財閥解体、経済成長などの目標は、戒厳令布告翌年の経済成長率が8・9%を記録するなど「(戒厳令)前半の76、77年頃くらいまでは成果が出ていたし、それを巧みに宣伝していた」という。一方で数千人の反体制派が拘束され殺害されるなど人権侵害も目に付いたが、「弾圧の対象にならない人が多数派だったため、その人たちの(マルコス政権に対する)評価は弾圧に遭った人とは違うのではないか」と分析している。

 ▽イロカノが軍公用語

 大野氏は、戒厳令体制を支えるための国軍の肥大化を指摘。「軍隊組織は3倍に膨らみ、結果正規軍だけで15万人になった」。国軍幹部が故マルコス元大統領と同じイロコス地域出身者で占められ「軍の無線はタガログ語ではなくイロカノ語(イロコス地域の母語)でないと通じないとまで言われた」。幹部クラスは定年後に政府系企業や政商企業グループの重役に天下りするなど「甘い汁を吸う」ことになった。

 一方で、最前線では共産主義勢力やイスラム武装勢力との戦闘が激化。そうした中82年に若手将校が、「国軍改革運動」(RAM)を結成。当時のホナサン少佐をリーダーの1人とし、後にマルコス政権に反旗を翻し、アキノ政権でも再三クーデター事件を引き起こすなど、「国軍の政治化」も進んだ。

 ▽健康オタクが難病に

 歴史的に形成された「特権階級」の解体を主唱したマルコスだったが、クローニー(取り巻き政商)が新興財閥を形成し、主要産業(砂糖、ココナツ、鉱業、電力、メディア)を独占する体制ができ上がる。身内びいきで急速に台頭した新興財閥は「経営者としては未熟だった」。そのため80年代に多くの新興財閥が経営に失敗し、それを大統領が「親分として」国家財政で支えるという構造ができあがった。その政・財関係の中でマルコス大統領夫妻も自ら不正蓄財を進める。イメルダ夫人は後に「財産の出元をごまかすために『山下財宝を手に入れた』などと語っている」。

 酒もタバコも嗜まない「健康オタク」たったマルコス大統領は、70年代の後半に膠原病を発病。「83年頃に息子から腎臓を移植された」と後に報じられた。この情報はある医師が暴露したが「(その医師は)その後行方不明になった」と大野氏。

 病状が深刻化しながらも後継者が定まらない不安定な状況の中、米国に亡命していた政敵であるニノイ・アキノ元上院議員が1983年8月21日にフィリピンに戻った直後、マニラ空港で暗殺される事件が発生。それが引き金となり、86年2月のエドサ革命(2月政変)で政権は崩壊。レーガン米大統領(当時)は、ホワイトハウスでマルコス大統領を支持する最後の1人となっていたが、最後の最後になって引導を渡す。

 ▽米国向けの選挙戦

 2月政変では、悪玉マルコスと善玉アキノという図式が作られてしまった。だが、実態はエリート対エリートの対決。むしろアキノ家の方が真正エリートだった。86年2月に行われた繰り上げ大統領選では、マルコス大統領はレーガンやトランプを支援したポール・マナフォート氏を雇い、対抗馬のコリー・アキノ=後の第11代大統領=も米国のPR会社のコンサルティングを受けた。「米国向けの選挙戦」という一面もあったという。

 ▽ボンボン=金正恩?

 今年5月の大統領選で勝利し、農務相を兼務した息子のボンボン・マルコス現大統領は「父親を非常に強く意識している」と大野氏。ボンボン氏就任宣誓式の様子について「開襟型のバロンタガログ(比の正装シャツ)と灰色のズボンは、故マルコス大統領が始めた新しいスタイルだった。宣誓時の聖書も父のものを使っていた」と指摘した。

 その上で「形ばかり父に似せるボンボン氏は、形だけ金日成に似せる金正恩と同じと言えなくもない」と形容。故マルコス大統領は第1期と戒厳令前期、特にビジョンと人事に関しては「傑出した大統領だった。そういう人物でないと20年間の政権は実現できない」とした上で、「父親のいい部分を(現大統領)が引き継げるかが(政権運営の)ポイントになるだろう」とした。(竹下友章、終わり)

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