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3月2日のまにら新聞から

「比日印の安保関係強化を」 専門家らが討議交わす

[ 3232字|2024.3.2|政治 (politics) ]

国際交流基金と比シンクタンク「ADRストラトベース」が、比日印3カ国の安全保障協力をテーマとしたフォーラムを開催

マカティ市で開かれた比日印協力に関するフォーラム。右から国際交流基金マニラ日本文化センターの鈴木勉所長、ストラトベースのマンヒト代表、日経新聞コメンテーターの秋田浩之氏、パンダ教授(ワルシャワ大)、デカストロ教授(デラサール大)、ラザロ外務次官、ストラトベースのレイエス広報責任者=1日、竹下友章撮影

 国際交流基金と比シンクタンク「ADRストラスベース」は1日、首都圏マカティ市で比日印3カ国の安全保障協力をテーマとしたフォーラムを開催した。中国の覇権主義的な動きなど厳しさを増す安全保障環境への対応策として、比日印3カ国での安全保障協力を推し進める必要性が討議された。同フォーラムは民間の安全保障専門家が自由に意見を交換する「トラック2」で、「トラック2」は将来の政府の政策立案にも活用される枠組み。在日本国大使館から松田賢一次席公使、インドからクマラン駐比大使、比政府からラザロ外務次官のほか比海軍、比沿岸警備隊関係者など、3カ国の政府高官も出席した。

 ▽平和と安定のための連帯

 国際交流基金マニラ日本文化センターの鈴木勉所長は「文化・学術交流を通じ、インド太平洋地域における国際秩序の維持・強化、そして地域の平和と安定に貢献することはわれわれの重要な使命の一つ。比日印の『三角関係』は地政学的に重要であり、かつタイムリーなテーマなのに、これまで十分な議論がされてこなかった。関心を共有する政策立案者、専門家、研究者の知的交流の場を提供し、新たな政策提案を支援したい」とフォーラムの意義を説明した。

 日本大使館の松田次席行使は、「地政学的な緊張が高まる中、安定化装置としての『ルールに基づく国際秩序』をどうやって維持・強化するかが世界共通の課題となっている」と強調。2016年8月の故・安倍晋三元首相のインド訪問時に提唱された「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」のビジョンが、世界中に拡大する中、日本も多様な事情のある諸国の声を吸い上げて調整・発展を続けていることを説明した。

 その上で、「南・東南アジアはFOIPの鍵となる地域だ」と指摘。日印関係は、2000年の「グローバルパートナー」から2014年に「戦略的グローバルパートナー」に格上げされ、昨年は岸田首相が先進国首脳会議(G7)、モディー首相が主要20カ国首脳会議(G20)をそれぞれ主催、東京で日米豪印戦略対話(QUAD)の首脳会議を開催、さらに岸田首相とモディー首相が幅広い分野で行動に基づくパートナーシップを拡大することで一致したことを紹介し、日印関係の発展を説明した。また、「比印関係の発展にも期待している」と日本の立場を述べ、特にインドによる国防力の近代化、海洋安全保障、人道支援分野での比への協力の強化が「われわれが共有するFOIPのビジョンに寄与している」との認識を示した。それを踏まえ「比日印の3カ国協力は、インド太平洋地域の未来を形作る持続的で協力的なつながりを生み出すことができる」と3カ国連携の促進に期待を表した。

 ジャガナート・パンダ教授(ワルシャワ大)は基調講演で、中国の「核心的利益の追及」が、比日印3国に領有権や管轄権を巡る問題を生じさせていると指摘。近年のインド政府の政策として、東南アジアへの関与を強める「アクト・イースト政策」を2014年に採用し、2017年にモディー首相がインド首脳として35年ぶりにフィリピンを訪問、防衛・兵站(へいたん)協力を促進するための合意に調印し、その成果として2022年にブラモスミサイル(射程約300キロメートル)の輸出契約に調印したという進展を紹介。南シナ海問題についてもインドは従来中立的立場を取っていたが、2016年の南シナ海仲裁裁判所判断に基づき、比など中国と主張が対立する国への支持に立場をシフトさせているとし、「比日印という自由民主主義国の連帯は、強権体制である中国の拡張的行動を抑止し、ルールに基づいた国際秩序を維持するのに重要な役割を果たし得る」と指摘した。

 ▽トランプ政権と第三次大戦

 日経新聞コメンテーターを務める外交・安全保障問題専門家の秋田浩之氏は、「2度の世界大戦は欧州から世界に波及する形で発生した」とし「特に第二次世界大戦では、ナチスドイツが1939年にポーランドを侵攻した2年後に、日本の真珠湾攻撃により戦争がアジアに拡大した。そして今、ウクライナ戦争が始まって2年を過ぎている」と指摘。昨年ウクライナでゼレンスキー大統領にインタビューを行って得た結論として、「2014年のクリミア紛争以来、ウクライナ側はロシアとの休戦協定を20回破られていることから、戦争終結の見通しは立たず、戦争はウクライナがロシアに奪われた地域を全て取り戻すまで、向こう5年、10年、場合によっては数十年のスパンで継続する」との見通しを示した。さらに「ウクライナ戦争がポーランドなどバルト海沿岸の北大西洋条約機構(NATO)加盟国にまで拡大する懸念が欧州で広がっている」とし、その結果米国が欧州に注力する一方でアジアへの関与が低下することにより「中国や北朝鮮にとっては(軍事活動に踏み切る)『機会』が増えることになる」と警告した。

 さらに、戦争拡大のリスクが第2次トランプ政権の誕生によって高まることを解説。「バイデン氏の二期目を不安視する米国民が世論調査で多数を占める中で、拮抗する重要州6州のうち5州でトランプ氏が優位に立っている」とし、第2次トランプ政権発足の現実的な可能性を提示。その際のシナリオとして①米国の対ロシア政策の軟化により中長期的にロシアに拡大策をとる余地を与えるリスクがあること②対照的に対中政策は強硬になる一方で、比日などとの同盟関係は動揺・弱体化するという「最悪の政策の組み合わせ」により、アジアで有事が発生するリスクが高まる――という二つのリスクを示した。

 それへの日本の対応策として、「取引主義的なトランプ大統領に同盟維持の必要を納得させるため、米国へのメリットを説明する必要に迫られる」との見通しを提示。「日米同盟の維持に奔走しながら、同時に補完的手段として、フィリピン、インド、フランス、英国との『水平的安全保障協力』を拡大していくだろう」と展望した。

 ▽「ミニラテラル」への懐疑と期待

 デラサール大のレナト・デカストロ教授は、アジア地域の安全保障構造について①1950年代から始まった米国との2国間同盟の束である「ハブ・アンド・スポーク構造」②1967年の東南アジア諸国連合(ASEAN)の発足から始まった多国間主義――の二つの他に、2000年代から、中国の台頭を背景に「日米豪印戦略対話(QUAD)や米英豪の安全保障枠組み(AUKUS)などミニラテラル(少数国間)安保協力が出はじめている」と整理。

 複数のASEAN諸国が「域外国によるミニラテラルに懐疑を抱いている」としながら、比は「例外的にミニラテラルの動きを歓迎しており、そればかりかミニラテラルを促進する国ともなっている」と指摘。比が加わるミニラテラルで最も進んでいるものとして、比米・米豪同盟と比米訪問軍地位協定によって根拠づけられる比米豪3カ国の安保協力を挙げ、さらに「日本とフィリピンが部隊訪問円滑化協定(RAA)を締結すれば比日米3カ国安保協力、比日豪3カ国安保協力も進む」と予想した。

 その上で比日印の3国間安保協力については、①3カ国ともアジアの海洋国家②比日は中国が防衛ラインとして設定する『第一列島線』でつながり、インドとはマラッカ海峡でつながっている③3国ともアジアの自由民主主義国――という特徴から「特に重要だ」と強調。一方で、3カ国協力の見通しについては「日印関係、比日関係は強固だが、比印関係はまだまだ始まったばかり」と課題を指摘した。現在進んでいる3カ国の安全保障協力として、「インドからブラモスミサイルを調達し、その運用に関する技術移転を受けるとともに、日本からはミサイル防衛を機能させる前提条件となる海洋状況把握(MDA)向上のためのレーダー調達を通じて、比の安全保障能力の向上に取り組んでいる」と説明した。(竹下友章)

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