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1月7日のまにら新聞から

台風オデット被災地は今③ 「復興開始は電源復旧後」 マクタン島被災地での生活

[ 2323字|2022.1.7|気象 災害 (nature) ]

台風被害を受けたラプラプ市マリバゴ地区の在留邦人から、台風被害の実態や生活状況を聞いた

(上)マクタン島で見かけたジョリービーは屋根が吹き飛び、半壊していた=1日正午ごろ、ラプラプ市(マクタン島)で岡田薫撮影。(下)イタリア料理店「レイソル」の1階でオーナーの千尋さんが営むサリサリストア兼カレンデリア=ラプラプ市マリバゴ地区で岡田薫撮影

 台風22号(比名オデット)の直撃で、12月17日以降、ビサヤ地方のマクタン島(ラプラプ市)では電気や水、通信などが奪われたままだ。主要メディアでは報じられていないが、同島のあるホームセンターでは崩れた屋根の下敷きで20人が亡くなったとの情報もある。被害の実態があまり見えない要因には通信手段の遮断が大きい。住民は被害状況の写真を多く撮り溜めているがSNSにアップする環境や余裕も乏しい。

 マクタン空港周辺とセブ島をつなぐ橋の付近では、インターネットが通じるという。対岸のマンダウエ市に行くことで不便を解消しているという在留邦人からは、インフラ整備など、ラプラプ市とマンダウエ市との間の「埋められない格差が改めて浮き彫りになった」との声も聞かれた。同島中部の東海岸沿いに位置するマリバゴ地区では、小学校校舎4階の壁も崩れた。

 一方、在留邦人は互いに助け合いながら、日々の必要を満たすため、情報交換などに忙しくしていた。その場となっているのが、千尋さん経営のレストラン兼サリサリストア「レイソル」だ。

 その隣で常連客も多かったという「ラーメン恒」の経営者、後藤恒良さん(53)は、8年前からマクタン島で暮らしてきた。2019年3月に現在の場所に移転。台風で店の看板が無くなり、倉庫の屋根も吹き飛ばされた。停電で食材を全て廃棄せざるを得なかった。「停電は5、6時間は平気だが、今回は長過ぎる。IT関連施設の電力復旧が優先され、この辺りは後回しになるだろう」とため息混じりに話した。

 後藤さんは台風来襲時、デング熱を患い、寝泊まりする店内で床に伏せていた。飲み水は店のストックがまだ残っており、「以前浴びるほど飲んでいたビールも余っているが、あまり飲まなくなった」。生活用水は主に井戸水だが、水の節約にもなるため、雨でシャワーを浴びている。

 日本に子どもが1人いるが、8年間のうち帰国したのは1度だけだという。マクタン島が好きになり、移住を決めた理由は「故郷の小田原に似ているから」と後藤さん。現在は料理すら作れない環境だ。「電源が復旧してから今後のことなどは考える。それまではじっと待つしかない」と達観した様子で語った。

▽2週間前に購入したばかり

 ウェディングプランナーとして日本と主にマクタン島を往復していた、京都出身の裏上晋之助さん(38)は、台風オデットで2週間前に購入したばかりの高さ9メートル、横幅約20メートルの亀をかたどった洋上アトラクションを失った。3層構造の2階にあたる部分では、洋上挙式やミサを行うことができ、収容人数200人という人気アトラクションだった。裏上さんによると、マクタン島の東対岸にあり、同じく被害が酷かったオランゴ島の沖合200メートルから、台風前に安全と思われた場所に移動し、3階部分を畳んで2階に収めていたが、構造物は地上層ごと波風で全壊した。

 裏上さんは2020年3月の新型コロナ防疫開始で、1カ月間の短期旅行のつもりで購入した4月2日の帰国便をキャンセル。「一度出たらフィリピンに戻れないと思った。以来2年が経った」と遠くを見た。それまで会社で挙式用に借りてきたチャペルを兼ねた同アトラクションは「旅行者がそろそろ戻ることを期待して、コロナ後の副業にするため購入した」のだという。

 今回の台風では、日本の挙式者に人気だったマクタン島のクリムソンリゾートが備えていた海沿いのヴィラが、全て吹き飛んだ。地元ホテル関係者の間では「同島の完全復興は2025年までかかるのでは」との声も出ているという。

 

▽冷たい水がほしい

 元旦にレイソルの2階で昼寝をしていた田畑克英さんは、鹿児島男児だ。台風で電気がなくなり、働いていたダイビングショップの一角で営業していた自らのレストランの食材を処分することになり、スタッフに配ったという。レイソルには田畑さん提供の浄水器が置かれ、重宝されていた。その地区の井戸水は塩っぽいと聞くが、自前の浄水器を通して得た飲料水は、通常の浄水と変わらない味だった。

 2012年に英語留学がきっかけで来比した田畑さんは、現在早朝5時に起きて、掃除をし、約20キロ近いガロンの水容器、5、6本をバイクで往復して運ぶ。水待ちの列も今ではかなり短くなり、長くても20〜30分待ちだという。それから氷を買う列に並ぶ。田畑さんによると、氷の値が1ブロックあたり5倍近く跳ね上がった。「電気が無い中、誰もが冷たい飲み物を求めているため」だという。「2千ペソになった氷を購入し、あまり売り上げはないけれど、冷たい水を売る仕事を始めた」と田畑さん。

 レイソルに集う人たちと顔見知りのマーシャル諸島出身のニコラスさんは、壊滅的な被害に遭ったクリムソンリゾートのマリンスポーツ担当のマネージャーをしていたという。かつて沖縄の石垣島などに住んだ経験から、日本語もわかる。通信が途絶え、部下と連絡を取る手段がないため、レイソルの前でビールを飲み、部下が通り過ぎるのを待っていた。次第に酔いが回っていったが、その場の空気を明るくした一人だった。

▽長期的な目で支援を

 比人と直に交わり、笑顔を絶やさない、たくましい在留邦人がマクタン島には何人もいた。しかし、コロナ禍ですでに大きな打撃を受けてきた観光業に携わる在留邦人社会にとって、台風被害はまさに二重の困難だといえる。そうしたなかで、彼らは再び立ち上がり、周辺のコミュニティーに希望を振りまく存在になりつつあるといえるだろう。比人同様に在留邦人に対しても、長期的な支援が待ち望まれている。(岡田薫)

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