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5月23日のまにら新聞から

「経済力は安全保障の基盤」 遠藤大使記念講演

[ 3135字|2024.5.23|経済 (economy) ]

日本商工会議所の総会で遠藤大使が記念講演。比外交における安全保障と経済の関係、米・中との関係を捉える重要性を説明

 首都圏マカティ市で22日、2024年フィリピン日本商工会議所の総会が開かれた。総会には4月に正式就任した遠藤和也駐比日本国大使が招待され、記念講演を行った。米英中3カ国で外交官として経験を積み、国際協力局長、日米豪印(QUAD)協力担当大使、中国・台湾問題担当、国連安全保障理事会担当など重要ポストを経験した同大使は、フィリピンの地政学的重要性について「これまでの経験を生かせる国」と強調。米中2大国の動き、経済と安全保障の関連から比が置かれる状況への見解を示した。

 ▽米中を視野に

 大使は冒頭、比に着任して2カ月でマルコス大統領や上下両院議長、各大臣など比要人との会談を積極的に重ねていることを報告。その中で、「今週も上院議員の方々のところに伺っていて、一昨日ある上院議員とメリエンダ(スナック)を食べながら気軽な雰囲気でお話をした。その直後にはズビリ議長の解任劇が起こった。上院議員らとの懇談からはそうした兆候は感じ取れず、どこの国も政治は奥深いなと思った」とのエピソードを披露した。

 「外交官としてランクが高まるに従って『最前線』に配置されるが、比への赴任の機会を得たのは光栄」という同大使。比の外交上の重要性について、「比は海でつながった隣国であり、基本的価値・原則を共通する同志国。経済・安保、人的交流など幅広い協力を拡大してゆくべき相手だ」とした上で、「ここまでは他国にも多かれ少なかれ当てはまるが、比は特にやりがいがある」と説明。「比は国際環境・国際秩序の変化に敏感に反応する。裏を返せば、外交としては米中など他国との関係を踏まえながら進めていく必要がある」と2国間だけでなく、米中2大国との関連を踏まえた対応が求められる点を強調した。

 大使は、「アジア諸国にとって米中とのバランスをどう取っていくかは、国の存亡をある種左右する」と強調。その中でも比については「海を挟んで中国と近いが、『中華帝国』の版図外。米国とは同盟国。地理的には東南アジアで最も東に位置し、南シナ海と西太平洋の結節点でもある。スペイン支配の影響で東南アジア唯一のカトリック国。米国支配の歴史もあって米国的システムが残る」とし「比は他の東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国と比較しても米国と心理的に近い」との見方を示した。一方で、「貿易関係や華人コミュニティーの強さを見ると、現在の南シナ海を巡る対立で単純に測ることができない深さがある。比の外交政策は、ASEANの一体性の尊重以上に、米中との関係を考えて組み立てられていると時に言われる次第」とした。

 ▽最も組みやすい相手

 そんな比は「価値や原則を共有する米国の同盟国として、様々な課題においてASEAN諸国の中でも最も組みやすい相手」。「北朝鮮が弾道ミサイルを発射した際は、ASEANで唯一非難声明を出し、また、日本との協力が検討されている米英豪の安全保障枠組み『AUKUS』についても、インドネシアなどが懸念を表明する中、AUKUSを評価する旨の声明を対外的にも出している」と例を挙げた。

 さらに、日本主導で今年立ち上げられたFMCT(核兵器用核分裂性物質生産禁止条約)フレンズや、日豪が主導して2010年に立ち上げた軍縮・不拡散イニシアティブ(NPDI)に関しても「比はASEANで唯一参加している国だ」と説明した。

 また、アユギン礁(英名セカンドトーマス礁)、パナタグ礁(スカボロー礁)を中心に比中の緊張が激化する南シナ海問題にも言及。「中国の海警船、海上民兵船による非常に激しいハラスメントが問題になっているが、比側としては慎重に対応しつつも、現場での中国側のハラスメントを対外的に公表し、国際的な関心を高め、中国への対応を強めている」と分析。一方で「経済面を中心に対中関係を維持するという比政府の立場も一貫している」と指摘した。

 そうした南シナ海問題に対する日本の対応は、「国際秩序の中で支え合うこと」。「海上の法の支配を貫徹するという観点から、中国側のハラスメントに対する懸念を日本としてX(旧ツイッター)などから発信している。フィリピンの報道でもわれわれのXがよく報じられている」とし、戦略的に対外発信をしていることを説明。さらに「海上法執行能力強化の取り組みは、比における法の支配を強化するために極めて重要だ」として、97メートル級巡視船の追加供与に関する覚書を17日に取り交わしたことや、警戒管制レーダーの輸出、政府安全保障能力強化支援(OSA)として沿岸監視レーダーの供与、部隊間協力円滑化協定(RAA)の促進も法の支配・国際秩序堅持のための取り組みだと位置づけた。そうした安全保障協力の取り組みが、比日米首脳会合でも歓迎されたことを報告し、さらに講演中、「今年いずれかのタイミングに比で外務・防衛閣僚会合(2プラス2)を開く」と発表した。

 ▽比の存在、国益に合致

 史上初となった比日米首脳会談では、「むしろ経済協力が強調された」。スービック港、クラーク空港など要所の接続性を高めるルソン経済回廊、半導体や重要鉱物を含む重要物資のサプライチェーンの強靭(きょうじん)化、既存の通信機器をつなぐことでより強靭な通信網を構築するオープンRAA協力、民生用原子力も含むクリーンエネルギー分野での連携強化、比日米サイバー・デジタル対話の立ち上げなど、経済安全保障に関わる計画への強いコミットメントが示されたことを報告した。

 大使は、「安全保障面からみても経済は極めて重要で、経済力は安全保障の基盤。この地政学的な場所に、自由で開かれ、同じ課題に同じ方向を向く活力ある比が存在する。これは日本の国益に合致する」と安全保障が経済に根ざす点を強調。その上で、「それを促進するためには適切なビジネス環境が必要だ」指摘し、「企業復興税制優遇法(CERATE)の改正に関する働きかけを行ってきた。着任以来、フレデリック・ゴー大統領補佐官に意見書を送付したり、ズビリ前上院議長と議論した。先日は、商工会議所が公聴会で意見表明をしてくれた」と述べ、大使館と商工会議所が緊密に連携しながら、VAT問題の解決策となることが期待されるCREATE改正法に関し比議会・政府への働きかけを行っていることを説明した。

 ▽就籍支援を加速化する

 また、比日間の「人と人とのつながり」に関して、和太鼓公演など文化交流事業、留学生・語学指導員受け入れ、査証発給の合理化などに加え、19世紀の人的交流の結果としての「残留日系人問題」にも言及。

 「戦前の日本人移民の子どもたちが、戦中・戦後の混乱で無国籍状態になった。激しい日系人への迫害もあって、証拠書類は破棄・紛失し、父親の名前も定かではないケースも多い。高齢化が進む中で、二世の方の早期の国籍回復の必要性がますます高まっている」と説明し、「実態調査や就籍申し立て支援を加速化していきたい」と意欲を語った。

 大使が新調したてのバロン・タガログを来て参加したという4月9日の勇者の日式典。バタアン陥落の犠牲者を顕彰する同式典に参列するに当たっては、「過去の歴史からどう学びを得るのか、大使として考えさせられた」。「19世紀後半からバギオ、ダバオへの日本人移民と戦争、戦後の賠償交渉、その後の70年近い友好協力。戦争では50万人を超える日本人、100万人を超える比人が亡くなった。改めて勇者の日などの機会に、こうした歴史の深さは身にしみる。様々なパートナーシップも、歴史にも思いを致しながら進めたい」と思いを語った。(竹下友章)

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