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1月31日のまにら新聞から

次期選挙は若い世代がキー 全年代への学校教育の失敗

[ 1819字|2021.1.31|社会 ]
アテネオ大のアンラン・カンデラリア助教授=26日午前、岡田薫撮影

 国防省は1月15日、治安部隊のキャンパス立ち入りを制限していた1989年のフィリピン大との協定を破棄すると一方的に宣言。学生や大学だけでなく、議会も含め各方面で議論を呼び起こしている。比の高等教育の役割と今後の影響について、アテネオ大で教育政治学を教えるアンラン・カンデラリア助教授に聞いた。(聞き手は岡田薫)

 ─国防省の動きをどう見るか。

 前向きに見れば、多くの人が学問の自由の危機に目を向けた。物事の解決には、オープンに議論を戦わせる空間が大切だ。現政権の目的は批判的な議論や表現を徹底的に管理することにある。初期の麻薬戦争から、誤報や偽情報を意図的に流すという形で、政権に不都合な情報を封じ込めてきた。赤タグ付けのレッテル張りやテロ防止法の議論も早くから進められてきた。極端な政策は、偶然の産物ではなく、筋書きに沿ったものだ。今回、反対の声を上げた上院議員も自身が比大の卒業生だ。民間だけでなく、政府関係者にも比大卒は多い。

 政治学専攻の学生であれば、カール・マルクスは必須教材だ。学生は好奇心おう盛で、教室で教えることが許されなければ、外で学んでくる。政府が何かを禁止にすれば、地下へ潜るのは歴史的な事実だ。民主主義への攻撃は反政府活動の奨励につながる。

 ─大学が教育で担う役割は。

 学校に行って学位を得なければ教育がない、と人々は信じ込んでいる。技術者コースを終えて資格を得ても、社会の基礎である民主主義に貢献する教育を持たないものはいる。学校に通うことと教育を受けることは同義でない。学びはいつもコーヒー店や広場、公共の空間など外で生まれる。多くの人が集い、アイデアが行き交うことで、学びは醸成されていく。

 アジアでは親が学校教育を重視し過ぎている。学校教育は子どもの教育度を図る真の指標ではない。伝統に固執して変化を受け入れない大学が多いが、新型コロナ流行が「旧来思考」の大学に気づきを与え、前向きな変化が生まれると良い。

 ─比社会が抱える問題の本質は何だろうか。

 比人はいつも笑顔で気さく、楽観的だとみられているが、それは表面的なものだ。十分な持ち合わせもなく他人をもてなす行為には限界がある。1億人が住む国だ。地方を歩けば、マカティやBGCとは全く異なる。

 比では共産党系以外にも、多くの武装組織がある。大元には格差と貧困が横たわる。食卓に何日も食べ物がない階層がある一方で、有り余るほどの食事が並ぶ階層もある。政治、社会、経済の不正義があり、ジェンダー間にも存在する。社会構造的な問題だ。

 解決の方法として、政府の一員や野党の一員になる人がいるが、武器を取ることを選ぶ人もいる。容易な解決方法はなく、コロナ禍では一夜で多くの人が職を失う新種の不正義も見られた。一方で、問題の存在を認識し始めている人も多い。

 理論的には隣人が極端な考えを持っていても、異なる意見を前提とした民主主義の下で人々は共存が可能だ。仕事や食料、健康、教育機会などの基本が保証されれば、他人の異なる考えは大した問題ではない。そうした保証がないまま、怒りと空腹を抱えれば、人は見境がつかなくなる。

 ─フィリピンはどこへ行くのか。

 ドゥテルテ大統領の高支持率は、学校教育が全年代で失敗したことを示している。比の教育は近年、職業教育に重点を置き過ぎた。世界で使える労働者の生産に、批判を重視する教育は必要とされにくい。

 SNSには「この国はどうなってしまったんだ」と危惧する若者の声が渦巻く。国を変えるキーは、いまだ選挙権を持たない若い世代にある。鋭い分析と批判精神、声を出すことに恐れを抱かない若い世代は着実に育っている。一方で彼らの両親の世代は恐れを抱いている。2022年5月に初選挙を控える未成年が約500万人いる。米国で新政権に投票し、社会を変えたのは若い世代だった。きたる選挙では、コロナ禍で制約が多い中、彼らがいかに選挙登録できるかが課題だ。

 ANNE LAN K・ CANDELARIA 1975年生まれ。96年にアテネオ大卒(政治哲学専攻)、2001年に同大政治学修士課程を修了、同年から同大マニラ校政治学部で教職に。12年には南洋理工大(シンガポール)で教育管理学博士課程修了。アテネオ大アジア学センター長、教育開発センター長も歴任。17年から同大修士課程副学部長。

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