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8月26日のまにら新聞から

支配者の歴史を捨てよ バラギガの鐘返還

[ 650字|2018.8.26|社会|新聞論調 ]

 比米戦争時に米軍が戦利品として奪った「バラギガの鐘」返還に異を唱える米ワイオミング州の政治家たちをどうしたら説得できるだろうか。

 私が提案するのは、議論の中心をビサヤ地方サマール島で殺害された米軍兵48人から、米軍の徹底した攻撃によって1901〜02年に殺害されたフィリピンの軍人、住民ら数千人に移すことだ。われわれは支配者の側から書かれた歴史によって、比の側から見た物語を見失っている。

 スペインが比の統治権を放棄したとき、米国は比人による共和国を容易に打破できると踏んで比に宣戦布告した。だが、米国にとって世界戦略の最初の地である比において、その試みは多いに失敗した。比米戦争が十分に議論されないのは、その米国の側から歴史が描かれているからだ。

 ウィキペディアには、女性や子どもを含むイスラム教徒約千人が殺害されたミンダナオ地方スルー州での虐殺など数々の暴虐が記録されている。これは米国サウスダコタ州のインディアン300人が殺害されたウンデッド・ニーの虐殺を大きく上回っている。

 スティーブン・キンザー氏は著書「トゥルー・フラッグ」で「比米戦争での失敗後、米国の領土拡大構想はしぼんでいった。比を支配するという計画は米国にトラウマを残したのだ。反帝国主義者は支配の反動で反乱が起こると警告していたが、その通りになった」と分析している。当時の大統領ルーズベルトは比支配にうんざりしていたという。比占領が失敗だったことを自覚していたのだろう。(23日・タイムズ、エン・マカベンタ氏)

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