戦後無国籍のまま残されたフィリピン残留日本人2世の国籍回復を支援するNPO法人「フィリピン日系人リーガルサポートセンター(PNLSC)」の猪俣典弘代表は6日、石破茂首相との面会を経て8月に国費による帰国事業の第1号に選ばれながら、先月に国籍回復の申し立てを家庭裁判所から退けられた竹井ホセさん(82)の自宅を訪問し、申し立ての結果を改めて通知・説明した。父・銀次郎の戸籍も見つかり、初めて祖国の土を踏んだ一時帰国では日本にいる異母弟に会って兄と認められ、DNA結果でも親族関係が100%に近い精度で示された上での申し立てだった。竹井さんは冷静に説明を受け止めながらも、「もう認められたものだと思っていた。悲しい。すごく残念だ」と目に涙を浮かべた。
「私にできることはない。上級裁判所の判断を待つだけだ。私は若くなく、長くは待てない。まだ元気なうちに間に合うよう、早く進めてほしい」と当事者の切実な願いを口にした竹井さんは、通知の後、猪俣代表とともに家の前にある母の墓地に赴いた。父・銀次郎を深く愛していたという天国の母・ベニタに向けて「お母さんごめんなさい。まだ認められていなかった。上級裁判所の結果を待ってほしい」と声をかけ、祈りを捧げた。
残留日本人問題の解決に積極的だった石破首相は、今月退任し、新たに自由民主党総裁に選出された高市早苗前経済安全保障担当相が新首相に就任する見込みだ。次期首相に何を期待するかとの質問に竹井さんは、「新しい首相もこの問題への理解があってほしい。近く国籍が承認されるように願っている。私の場合は強い証拠があるにもかかわらず退けられた。私がだめなら、他の人はもっと希望を失ってしまう」と述べた。
▽負けられない戦い
東京家庭裁判所は、父子関係は両親の婚姻または父の認知のみに基づくという、旧来の判例に基づく法解釈を理由に申し立てを退けた。だた竹井さんに適用される旧国籍法=明治時代に制定=の判例は、DNA鑑定が存在しない、または十分に普及・発達していない時期に積み上げられたものであり、竹井さんの申し立てが高裁・最高裁で認められるかどうかは、法解釈が科学技術の発展に伴った、より人道的なものに更新できるかどうかを左右する。また、頑健な証拠がそろう竹井さんのケースが認められなければ、残る当事者たちの司法を通じた救済の希望も大きく狭められる。そのため、弁護団にとっても「希望をかけた負けられない戦い」となっている。
▽完全解決には法の整備を
審判の結果を告げた猪俣代表は、「残念な結果をお伝えすることは、とても心苦しい。日本の親族にも会って、DNA鑑定によりほぼ100%の血縁関係が証明できたのに退けられてしまった。婚姻の証明が弱いという部分も、戦時中という特別事情があるにもかかわらず、無視されてしまった」と語った。
残る当事者の平均年齢は、フィリピンでの平均寿命を10歳以上上回る83・5歳。寝たきりとなる人も増え、残された時間はわずかだ。時間との戦いが最終局面に入る中、高裁・最高裁で判例を更新できる可能性があるといっても、それに何年かかるか分からない状況だ。
猪俣代表は「DNA鑑定による証明、そして親族も認めているという、強力な証拠をもってしても国籍が回復できないのならば、当事者たちを救済する特別措置法を作ってもらうしかない」と語り、議員への働きかけも並行して行っていることを説明。「残された人は約50人で、今年に入ってからすでに2名亡くなっている」とし「問題の消滅は目前に迫っている」と逼迫(ひっぱく)した状況を説明した。(竹下友章)