「日刊まにら新聞」ウェブ

1992年にマニラで創刊した「日刊まにら新聞」のウェブサイトです。フィリピン発のニュースを毎日配信しています。

マニラ
31度-25度
両替レート
1万円=P4,020
$100=P5,455

6月20日のまにら新聞から

サラ・ドゥテルテ氏が就任式 来賓続々のダバオ市で ドゥテルテ大統領も前妻と並ぶ

[ 1511字|2022.6.20|政治 (politics) ]

ダバオ市のサラ・ドゥテルテ市長は父親のドゥテルテ大統領や母親のエリザベス・ジマーマンさんらが出席する中、地元ダバオ市で自身の第15代フィリピン共和国副大統領への就任式を開催した

ダバオ市で行われた副大統領就任式に臨むサラ・ドゥテルテ次期副大統領(左)、母親のエリザベス・ジマーマンさん(左から2人目)、父親のドゥテルテ大統領(右)ら=19日(サラ氏のフェイスブックライブから)

 ダバオ市のサラ・ドゥテルテ市長は19日、父親のドゥテルテ大統領や母親のエリザベス・ジマーマンさんらが見守る中、地元ダバオ市で自身の第15代フィリピン共和国副大統領への就任式に参加した。各国大使やマルコス次期大統領ら来賓に加え、一般市民も会場の外まで詰めかけた。式典はオンラインでも同時中継され、サラ氏のフェイスブックライブの視聴者は一時約3万5千人となり、式終了時の午後5時50分ごろのシェア回数は約7300回だった。正式な就任日は6月30日で、それまでサラ氏は市長職に専念する。

 サラ市長は午後3時前、緑色の正装「テルノ」に市販のマスクを着用した姿で、夫のマナセス・カルピオ弁護士、母のジマーマンさんを伴って、サンペドロ通りにあるサンペドロ大聖堂に到着した。そこでダバオ大司教区のロムロ・バリェス大司祭らから就任への祝福の言葉を受けた。

 同大司祭はミサの中で「サラ市長は以前、(副大統領という)地位にあまり気持ちが乗らないと話していた。それでも人々のために奉仕する使命を実感したと語っていた」と明かした。大司祭は妻であり3人の子の母としての役割との兼任の重要性を説いた後、サラ市長から式典でミサを取り持つことを頼まれた経緯などにも触れた。また、キャンペーンソングの歌詞の中でサラ氏が『ダバオのワシ』に例えられているフレーズを取り上げ「まさにダバオ出身のフィリピン・イーグルだ」と強調し、激励した。

 教会関係者らとの写真撮影を終えたサラ市長は午後4時40分ごろには教会前に設置された屋外ステージに移動。そこで到着していたドゥテルテ大統領らと対面。大統領はパートナーのハニーレット・アバンセーニャさんを連れておらず、前妻のジマーマンさんと隣り合って座り、数回言葉を交わしたが、黙っている場面が多かった。同じステージ上にはアロヨ元大統領やボンボン・マルコス次期大統領とその妻リサ・アラネタ弁護士、2人の長男で次期下院議員に当選したサンドロ・マルコス氏らも並んだ。

 先住民やイスラム教、カトリック教会、イグレシア・ニ・クリストの代表者らからの祝辞に続き、ラモン・エルナンド最高裁判事がサラ氏の副大統領就任の宣誓を取り持った。

▽3220万の声背負い

 サラ氏は宣誓後、「これまでに学んだ最も大切なことは、困難を乗り越えるため、まとまった一つの国として、夢の実現に向けて共に考えを尽くすべきこと」とし「神、国、家族」を3つの重要な軸として挙げた。また、「医師を目指したが、運命は自分を弁護士にし、3回の市長経験を経て、それも過去のものとなり、副大統領に選出された」と述べて笑顔を見せると、歓声が上がった。「3220万のフィリピン人の声は大きく明確なものだった」とし、困難にある国民の生活を救うことで「母国に奉仕していく」と誓った。

 また、この日がフィリピンの英雄ホセ・リサールの生誕日であることから「リサールの記憶が私たちの心に炎を灯してくれる。愛国者であること、無私であること、そして犠牲を惜しまないことによって国の運命や子どもたちの未来が変わっていく。リサールの勇気がフィリピン人としてのアイデンティティーを作り上げてくれた」とも称えた。

 式典当日は警察官約2千人に加え、国軍兵士約3700人も警備にあたった。会場周辺だけでなく、ダバオ州やカラガ地域、ソクサルジェン地域の東部にも部隊を展開して警戒に当たったという。サラ氏は式典前日、ダバオ市開催の理由として「2期連続で市長を務めたダバオ市での就任式が、同市民に誇りや栄誉といった特別な気持ちを与えることになるだろう」と語っていた。(岡田薫)

政治 (politics)