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4月19日のまにら新聞から

「サプライチェーン構築が課題」 マルコス政権の経済運営

[ 2731字|2023.4.19|経済 (economy) ]

日本人商工会議所の嶋田前会頭に聞く(下)。製造業育成に重要なのは国内サプライチェーンの構築

 昨年4月からフィリピン日本人商工会議所会頭を務めてきたアジア・大洋州三井物産の嶋田慎一郎マニラ支店長が3月31日会頭任期を終え、今月日本に帰任する。大手総合商社フィリピン支店長、商工会議所会頭を同時に経験した同氏に、マルコス政権の経済政策への評価と比経済への印象を聞いた。 (聞き手は竹下友章)

 ―マルコス政権への見立ては。

 当選前、マルコス候補を直接知っている人たちに話を聞いたが、いい噂も悪い噂もない。その上、討論会も全部欠席しており「色がない」という印象だった。

 世間の心配は「実績がない」とか、「縁故主義がはびこるのではないか」ということだった。だが、就任後の施政方針演説は説得力もあり、前任者否定もせず継続性がある。昨年7月に発表した社会経済政策8アジェンダも素晴らしかった。

 初めて大統領に直接お会いできたのは、12月に外国人商工会議所連合が主催するフォーラム「アランカダ」。この日の大統領のスピーチで印象的だったのは、「比の産業構造はサービス産業の割合が大きいので、バランスの健全化のため国内製造業育成に取り組む」と外国企業に向け宣言してくれたこと。

 製造業育成に重要なのは国内サプライチェーン(供給網)の構築だ。経済に一番インパクトのある自動車製造業を例に取ると、一次~三次下請けという広い裾野があってはじめて自動車産業クラスターができる。

 比国内にサプライチェーンが整備されると、製造コストは下がり、競争力が高まる。そうすると比を生産拠点として輸出ができるようになる。今は比で生産した自動車は国内市場向け。もちろん、白物家電など輸出までできている製品はある。しかし、部品点数が多く、すり合わせ工程が重要な自動車のような工業製品は、比では輸出までできるコスト競争力がないのが現状だ。

 大統領訪日前に経済特区庁(PEZA)が部品供給を担う中小企業をターゲットとした訪日団を送ったが、この動きは正しい。ただ現状で比はベトナムやインドネシアなど他のアジア諸国に比べ、外資系中小企業向け優遇措置が少ない。大統領が製造業育成宣言を具体的な行動に移すかどうか、今後とも注視する必要がある。

 ―包括的自動車復活戦略(CARS)期限延長問題は。

 CARSは政府と合意した自動車メーカーが目標台数を生産する代わりに優遇措置を受けられるプログラムだが、コロナ下の生産停止で目標達成が厳しくなった。三井物産の出資するトヨタ自動車フィリピンは2018~24年の6年間で20万台生産する約束を、2年延長してもらえるよう申し入れている。

 ―インフレの影響は。

 コストが上がるというのはもちろんある。だが私が知る限り、それで深刻な経営難に陥ったという日本企業の話は今のところ聞いていない。心配しているのは、インフレが最低賃金の急激な上昇に結びつかないかということ。労働系議員や組合が高すぎる賃上げ要求を出すのはいつものことだが、今回に限っては政府側も「なんとか賃上げしないといけない」と思っているフシがある。

 比は他の東南アジア諸国連合(ASEAN)主要国と比べ、賃金水準が低いだけでなく、賃金上昇のペースが安定しているというところが強みだった。賃金が急激に上昇すると、企業の比に対する投資環境イメージが悪化するリスクがある。

 ―政策金利上昇の影響は。

 逆に利上げしなかったら、ペソの価値が下がる。それは輸入コスト上昇につながる。輸入超過の国なので、それは大きなインフレ要因となる。多くの部品を輸入する日系製造業にとっても、利上げによる銀行借入金利上昇より、ペソ安由来の輸入コスト増の悪影響の方が大きい。なので、為替の安定をもたらす政策金利の利上げは正攻法だし適切だ。

 比中銀もそのあたりは理解している。メダリヤ中銀総裁は米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げ幅を後追いしており理解が得やすい運営をしている。

 ―地域的な包括的経済連携(RCEP)協定に比も批准した。

 グッドニュースだ。ASEAN主要国で比だけ批准していなかった。輸出入環境が他の国に劣っていないということが重要だ。

 比がずっとRCEP批准に躊躇(ちゅうちょ)していた背景には農業保護政策がある。比の農業は何十年と保護されていて、変わらないといけない理由にとぼしかった。保護政策により競争にさらされない産業は、結局は競争力を失う。だから「生鮮食料品が生鮮でない」という状況が生じている。ただ現在は、私が閣僚の方々や上院議員の方々と話をした範囲では、RCEPに反対する人はいなかった。

 ―外資規制緩和3法発効の実感は。

 外資に市場を開く姿勢は歓迎しているが、まだ実感はない。今は、どのような施行細則が出るのかを注視している段階。公共サービス法改正で100%外資参入できる公共サービス分野が増え、それに関連し再生可能エネルギーにも100%外資の進出が可能という通達が出たが、例えば海上風力発電をする場合、海底の土地は誰のものなのかとか、漁業権との兼ね合いはどうなるかとか、そういうところまでは具体的なものが見えていない。

 そもそも、公共サービス部門で100%外資が解禁されていても、日本企業の多くは引き続き現地企業パートナーと一緒にやる方法を選択すると思う。この国には外国人の私たちには分からないリスクとその解決方法がある。それを想定して信頼できる現地パートナーと事業運営することが重要だ。

 ―比駐在の感想と日本企業に向けたメッセージを。

 比に来て感激したことは、日本人・日本企業に対して非常に好意的だということ。

 先の大戦で日本軍によって近しい人が殺されたという記憶や、敗戦国日本に対し戦勝国側からのネガティブ・プロパガンダもあったはず。にもかかわらず、ここまで日本人、日本企業を受け入れてくれている。これは、これまで先輩方が脈々と努力してきた成果。「日本人ってすごいな、先輩方ってすごいな」と思うと同時に、その成果を大切にしなくてはいけないとつくづく思った。

 だから「ルフィー事件」みたいな「日本人によるフィリピンの印象悪化」があると、頭に来るわけですよ(笑)。

 しまだ・しんいちろう 千葉県出身。中央大経済学部卒。89年に三井物産に入社し、米国トランスフレイトLLC最高経営責任者、三井物産豊田支店長、ブッサンオートファイナンス社(インドネシア)取締役社長、アジア・大洋州三井物産(シンガポール)モビリティ商品本部長などを歴任し、20年に三井物産マニラ支店長。4月に帰任。

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