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8月8日のまにら新聞から

英雄墓地

国の守護神が眠る

[ 993字|1999.8.8|社会|名所探訪 ]

 首都圏最後の巨大再開発が急ピッチで進められている旧陸軍基地跡、「ボニファシオ・シティー」の一角にひっそりとたたずむのが「リビンガン・ナン・マガ・バヤニ」(英雄墓地)だ。

 刈りそろえられた芝生がなだらかな曲線を描く丘上に無数の十字架が立ち並び、都会のけん騒から隔絶された空間が広がる。

 面積は百四十二ヘクタール。ここに約四万一千五百人が眠る。埋葬されるのは特別な許可が与えられた者を除いて軍人だ。

 「英雄墓地」が建設されたのは一九四七年のこと。太平洋戦争が終了から二年後。いうまでもなく戦争の犠牲となったフィリピン人兵士の追悼が目的だ。

 「無縁仏」のまま埋められていた遺骨を一カ所に集めたもので、墓地内を歩くと、バターンやタルラック、マニラ市内のフォートサンチャゴなど収集された地域ごとに区画整理されている。現在でも遺骨の八〇%近くは、戦後掘り返されて移された無名戦士の墓だという。

 また、コリアン記念碑やベトナム記念碑があるのは、朝鮮戦争やベトナム戦争に参戦したからだ。現在も、国内の共産ゲリラ(NPA)や分離独立を求めるイスラム勢力との間で戦闘が絶えず、新たな墓石が増えて続けている。

 ガルシア、マカパカル両大統領経験者が同墓地に埋葬され、歴史の流れとともに無名戦士の墓は、名実ともに「英雄墓地」となってきた。 軍関係者にとって、「英雄墓地」に埋葬されることが名誉となっている。

 日ごろ話題にのぼることがない「英雄墓地」だが、昨年、にわかに注目を集めた。エストラダ政権の発足直前、新大統領はマルコス元大統領の遺体を英雄墓地に埋葬する意向を表明。「英雄」の名を冠したこの墓地への埋葬の是非をめぐって世論が湧きたった。

 太平洋戦争中、反日ゲリラの闘士だったとされる元大統領だけに、「マルコス問題」がいまだ過去のものとなっていないことを改めて思い知らされた。

 元大統領の遺体埋葬は宙に浮いたままだが、その一方で、軍人のすべてが英雄墓地への埋葬を熱望しているわけではないようだ。墓の管理を受け持つ陸軍部隊の幹部でミンダナオ島出身のノーリン少佐は、「自分は家族といっしょの墓に入りたい。家族が墓参りできなくては意味がない」と笑う。

 そんな兵士の要望にこたえ、軍出身のラモス前大統領は新たにミンダナオ島とパナイ島に「英雄墓地」を設置する置きみやげを残していった。(松澤信彦)

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