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8月17日のまにら新聞から

屈しないジャーナリストたち オンラインメディア「ラップラー」の躍進

[ 810字|2018.8.17|社会|新聞論調 ]

 2015年当時ダバオ市長で、大統領候補としては有力視されていなかったドゥテルテを最初にインタビューしたのがオンラインニュースサイト「ラップラー」の設立者、マリア・レッサである。この記事は同年10月下旬に公開され衆目を集めた。独裁者、ギャングなどとうわさされていたドゥテルテは人権侵害などの疑惑を否定せず、過去3カ月で少なくとも3人を殺害したことも認めた。これに対し元従軍記者でCNN支局長だった硬派のレッサが非難もせず彼を「慈悲深い独裁者」に例えさえしたのは意外であった。

 しかしドゥテルテの当選以降、ラップラーは政府の最も厳しい批判者としてその気骨を見せるようになった。大統領はメディアへ宣戦布告をし、同社は今年1月、証券取引委員会による認可の取り消しという直接の攻撃を受けた。さらに大統領は、同社には外国資本が入っており規制に違反していると非難。脱税の疑惑による捜査も行われた。レッサはインターネット上で標的にされ、殺害の脅迫も次々に受けた。同社の広告数はガタ落ち、大統領府の記者会見からも締め出された。レッサのジャーナリスト仲間で20年の経験をもつチャイ・ホフィレーニャは、これほどのメディアへの弾圧は見たことがないという。とはいえ、これらの弾圧はレッサたちをむしろ奮い立たせ、同社は超法規的殺人や汚職、インターネットの悪用や報道の自由の侵害なども報じるようになった。また、レッサは政府の訴訟を受けて立ち、収監される覚悟もできていると表明した。6月26日、控訴裁判所は、ラップラーが違法行為をしていないとする判決を下し、同社にとって大きな勝利となった。

 今、ラップラーは1日1日を闘いながら生き延びている。それでも理想に燃える記者たちは18〜35歳の読者に効果的に声を届け、1日のページビューは平均100万に上ぼる。ラップラーの勢いはとどまるところを知らないようだ。(14日・タイムズ、ラケル・レイエス)

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