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4月14日のまにら新聞から

忘れられた勇敢さ。バターン陥落72年

[ 706字|2014.4.14|社会|新聞論調 ]

 バタアン半島が陥落し、フィリピン・米両軍が日本軍に投降してから72年が経過した。あの日、ノルマンド中佐はラジオでこう宣言した。

 「戦争で破壊されたこの半島で比米両軍は武器を明け渡し、強敵に降伏することを決めた……中略……バタアン半島は陥落したが、世界中の自由を愛する人々にとって、希望の光となる精神は決して朽ちることはない」

 比米両軍に課された試練は、バタアン半島陥落だけではなかった。比軍人約6万人、米軍人約1万5千人が、バタアン半島で約100キロの道のりを、炎天下の中、行進させられた。病や飢えで、比軍人約1万人、米軍人約650人が死亡し、第二次世界大戦で最も悲惨な史実として記録された。

 行進で生き残ったリカルド氏は昨年、地方紙でこう記している。 

 「バタアン半島、コレヒドール島における比軍人の偉業は、世界を感動させた。米軍の指揮官は比人の勇敢さをたたえた」

 しかし、第二次世界大戦終了後、米政府の公約にもかかわらず、何万という退役軍人が、恩給を受け取れなかった。その支給が決定したのは2009年のことだった。大戦中、約25万人の比軍人が米軍の指揮下で戦ったにもかかわらず、その時点で生き残っているのはわずか2万人にすぎなかった。

 我が国も、退役軍人たちの勇敢さを長年にわたって放置し続けてきた。法律で定められた退役軍人への恩給は月々5千ペソ足らずだ。

 財政的支援の不足以上に深刻なのは、国を守るために犠牲になった軍人たちの記憶が世代間で薄れていることだ。「勇者の日」が何を意味するのか学校の生徒たちに尋ねてみればよい。その実情を嘆くことになろう。(9日・インクワイアラー)

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