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6月15日のまにら新聞から

ゴレス元下院議員の喪失を悼む 中国の海洋進出問題で

[ 779字|2018.6.15|社会|新聞論調 ]

 第120回目の独立記念式典が行われた。かつて16年間にわたり、独立記念式典は7月4日に行われていた。この間違いを直したのはディオスダド・マカパガル大統領だった。1962年に記念日を訂正したのだ。その時まだアギナルド将軍は存命で、64年の記念式典では私も彼がマカパガル大統領の隣に座っている様子を見かけた。

 しかし、独立記念日を迎えるたびに知人の歴史家たちは「われわれは本当に自由になったのか」という質問を繰り返している。今年の記念日には私は「われわれは独立を失ったのではないか」という不安が高まった。3人の漁師が中国の沿岸警備隊からいじめを受けていることが分かったからだ。ロケ大統領報道官は「証拠がない」と言い放ち、漁獲と引き換えに漁師が中国側からカップヌードルとタバコを与えられたことから「物々交換だ」と曲解してみせた。ドゥテルテ大統領もカビテでの独立記念式典で中国大使とにこやかに会話していただけ。また、中国の軍用機が給油を口実にダバオに3日間も駐機していたとも。南沙諸島の環礁を軍事基地に改造したのに、そこで給油せずにどうしてダバオなのか。

 私の住んでいるビレッジにも外国人が増えた。中国で禁じられているオンラインカジノを運営する許可をここの市長が乱発しているからだという。高層コンドの部屋もこれらの中国移民を受け入れ、コンドが彼らの社員寮に様変わりしている。

 このような状況下、ゴレス元下院議員が死亡したという知らせに驚いた。彼は比国軍アカデミーや米アナポリス海軍アカデミーを卒業し、アロヨ大統領の安全保障関係の大統領顧問を務めた。海洋安全保障のエキスパートだった彼は、南沙諸島問題でドゥテルテ政権の気の抜けた対応を厳しく批判してきた人物だ。一番必要としていた時期に彼を失ってしまった。(14日・ブレティン、ジェンマ・クルス・アラネタ)

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