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9月16日のまにら新聞から

追跡睡眠薬強盗3 用心しながら突入 犯行現場のビアハウス

[ 2154字|2015.9.16|社会 (society) ]
(上)マバラカット市ダウにあるビアハウス。被害者はここで睡眠薬入りのビールを飲まされた。(下)被害者と犯人6人が座ったビアハウスのテーブル

 ■店の手前で観察

 犯行現場とみられるビアハウスは、パンパンガ州マバラカット市ダウのバスターミナルから数百メートル離れた場所にあった。外観は、継ぎはぎしたトタン屋根のバラック風。店ぐるみの犯行の可能性があるため、接近には用心が必要だ。店の手前50〜60メートルの道路脇に社用車を止め、車内から様子をうかがった。

 大通りに面した店頭では、男性店員1人がニワトリの丸焼きを調理している。内部は薄暗く、店員の人数や客の有無はよく分からない。店近くには路線ジプニー数台が駐車中で、人通りはまずまず。店突入後、何か騒ぎがあれば、通行人らが寄ってくるだろう。

 「ここで間違いないか」。被害者に最終確認した上で、事前の打ち合わせ通り「現場突入」の電話連絡を会社に入れた。主な連絡事項は(1)現在地の詳しい状況(2)ビアハウスの人の出入りが認識できる場所に社用車と運転手を待機させる(3)記者と被害者が店内に入り、犯人がいたならばインタビューを試みるーーの3点。社用車の運転手に「長時間、店から出てこなかったり、おかしな人の動きがあった場合、会社と警察に連絡する。車で連れ去られた場合、尾行してもよいが決して無理はするな」と指示し、雨の降る車外へ出た。

 ■犯人のアジト?

 店内ではまず、店員の人数、正面出入り口以外で外へ出られそうな場所などを確認した。店内にいる従業員は20代前半とみられる男性2人と女性1人の計3人。客は私たちだけ。「初老の夫婦」ら犯人の姿はなかったが、奥の調理場などに潜んでいたり、店員らが一味の可能性もある。正面出入り口に一番近い席に被害者と肩を並べて座り、気を緩めずに観察を続けた。

 女性従業員に運ばせたのは、事件当時に被害者が口にしたビール「レッドホース」。1本ずつ注文し、かち割り氷入りのグラスについだ。睡眠薬入りの可能性があったため、被害者に「私(記者)がまず飲む。何か異変が起きたら直ちに店外へ連れ出しくれ」と頼んで、グラス入りのビールを数杯飲んだ。

 結果は「シロ」。10分以上経過しても、レッドホース特有の酔いを感じただけで、眠くならない。「飲んでも大丈夫」と被害者にゴーサインを出し、右後方で黙々とニワトリを焼いている男性従業員に声をかけた。「この人(被害者)、覚えてる?」と聞くと、「覚えている。年寄りの比人たちと来店して、そこの大きなテーブルに座った。店を出る時、両脇を支えられていた」という。

 他愛のないやり取りをしばらく続け、「一味ではない」と確信した上で、来店理由など事情をすべて明かした。すると、犯人グループが外国人狙いの犯行を重ねていることを思わせる証言が飛び出した。

 ■前夜に白人女性も

 「日本人被害者が来店した8月15日以後、若い韓国人女性と中年の白人女性が、年寄りの比人たちに連れられてきた。店を出る時、2人も両脇を抱えられていた。白人女性は最初、ビールを飲むのを拒んでいたが、無理に勧められて一口飲んだら酩酊(めいてい)状態になった」

 韓国人女性の来店は8月16日もしくは17日。被害者が犯人らと食事をしたケソン市クバオの飲食店店員の証言と一致し、被害者と同じルートで連れ回され、このビアハウスで睡眠薬を盛られたと推察された。

 睡眠薬強盗の狙いは所持金、もしくはカードで引き下ろした現金。今回の犯人グループは後者のカード狙いだったようだが、被害者が財布などとともにカードをホテルに残してきたため、犯行計画は破綻。一方、犯人らが払った長距離バス代などは総額2千ペソで、被害者の靴下から抜き取った800ペソでは「収支」が合わない。このため、韓国人女性、白人女性と犯行を繰り返した可能性がある。

 「第3の被害者」とみられる中年の白人女性が連れてこられたのは取材前日の19日午後9時ごろ。しばらく待てば、犯人グループと接触できる可能性があったため、従業員らと携帯電話番号を交換して、いったん店を出た。数時間後、従業員に電話を入れたが、残念ながら犯人らは来店していないようだった。店に再度立ち寄り、従業員に「犯人が再び現れたら、電話で連絡してほしい」と頼んで帰途についた。

 ■犯人ら再出没

 追跡取材当日こそ、犯人らとの接触はかなわなかったが、6日後の8月26日午後6時すぎ、心沸き立つ携帯電話の文字メールが、ビアハウスの従業員から届いた。

 「例の年寄りたちがまた来た。韓国人男性を連れている」という。従業員は「今すぐ、ここに来た方がいい」と続けたが、マカティ市内にある会社を直ちに出て車を飛ばしても、首都圏の渋滞を考えると数時間はかかる。

 従業員の好意を生かそうと、国家警察本部勤務の知人に電話で事情を説明し、「パンパンガ州の警察を動かせないか」と催促したが、「今回の事件では、被害届がまだ出ていない。店に踏み込むにしても、捜査の法的根拠がない」。それもその通りで、歯がゆい時間を持て余していると、従業員から再びメールが入った。「もう店を出た」。入店から1時間あまりが経過した午後7時15分すぎのこと。犯行を繰り返す犯人らを射程に捕らえたが、残念ながら新たな被害を食い止められなかった。(終わり)

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