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移民1世紀 第3部・新2世の闇と未来

11. 命を見放す人、救う人

生後間もない子を日本人男性に託した比人母の手紙。わずかばかりの粉ミルクとおむつ、肌着に添えられていた

 息子(6)が家人のフィリピン人を指差しながら叫んだ。「あのバブイ(ブタ)が!」。近くで様子を見ていた父の日本人男性(66)=東京都江東区出身、首都圏在住=は手元にあったゴム草履で息子の頭、尻、ほほを引っぱたいた。小さなほっぺたが真っ赤にはれ上がった。

 「年上の人間に無礼な言葉を吐いた。これは許されない」と初めて鉄ついを下した。「しかし、ね」と男性は言う。「本当の息子だったら、果たしてあそこまでやれたか。今は少し後悔しています」

 息子が男性の元へやって来たのは約七年前の一九九六年十月三十一日。あと三十分ほどで十一月になろうとしていた深夜、男性の携帯電話に比人の妻から電話が入った。「お父さん、ベビーがいる。ベビーがいるのよ」。妻の興奮が電話口から伝わってきた。マニラ市エルミタ地区のコンドミニアムにあった自宅に戻ると、まだ目も開かない赤ん坊の寝顔をじっと見つめ続ける妻がいた。結婚から十三年。二人には子供はいない。「初めて神様から授かった子」だった。

 コンドミニアムの警備員によると、赤ん坊を置いていったのは十八歳前後の比人女性。「男性の部屋に行きたい」と現れ、警備員に赤ん坊を預けたまま姿を消した。一緒に残されたビニール袋には、わずかばかりの粉ミルクと布製おむつ一枚、肌着数枚。そして、手書きの手紙が一枚添えられていた。

 「〇〇(男性の名前)さんへ。十回考えて決めました。あなたと奥さん以外には子供を持っていく所がありません。どのような親であっても子供を置いていくことは許されません。この子を愛しています。だから、わが子のように扱ってくれるよう願うばかりです。私が誰か知ることもあるかと思いますが、決して取り戻しには参りません。この子はマニラのある病院で生まれました。どうか私を許して下さい。ありがとうございます〇〇さん」(原文フィリピノ語、一部略)。

 ビサヤ地方出身者特有のつづりの誤りが数カ所あった。最初は路上生活者が生活に困って置いていったのかと思ったが、手紙を読んで「知り合いの日本人と比人女性の間に生まれた子だ」と直感した。男性宅を知っている日本人と比人は限られている。当時、比の愛人らの元へ通っていた日本人男性数人の名前とその愛人、内縁の妻らのことが頭に浮かんだ。

 約二十五年に及ぶ在比生活の大半を歓楽街エルミタ地区の一角で過ごしてきた男性は、日本人と比人が織りなすさまざまなな人間模様に接してきた。それだけに、生まれたばかりの子供を他人に預けていった女性の気持ち、そうさせざるを得なかったであろう男性側の事情も想像できる。

 「この街には日本人に捨てられた子供は至る所にいる。血を分けた子供がかわいくないのかと男の無責任さに腹が立つが、別の男をつくったり、家族への援助を押し付けて男の心を離れさせた女の側にも非があると思う。ふびんなのは残された子供です」

 結局、あえて親捜しはせず、出生届の父親欄に自分の名前を書いて役所に提出した。息子の誕生日は「十月三十一日」から二週間逆算して「十月十六日」とした。

 あれからはや七年がたとうとしている。小学一年生になった息子には「礼節を尊び正直で勤勉という日本人の美質を身に着け、それを誇りに生きてほしい」と願ってはいるが、国籍には特にこだわっていない。「フィリピーノ・アコ。ハポン・カ(おれは比人。お前は日本人だ)」。そう言い返すようになった息子との会話にもそれなりの手応えを感じ始めている。(つづく)

(2003.9.18)


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