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戦後60年 慰霊碑巡礼第2部レイテ編

第6回 ・ 戦地のピアニスト

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ホテル・アレハンドロの壁面を埋める太平洋戦争当時の写真

 レイテ州都タクロバン市にあるホテル・アレハンドロ。その敷地内に、古びてはいるが瀟洒(しょうしゃ)な二階建ての洋風建築がある。床はチーク材で、踏むたびに「カタカタ」と優雅に響く。

 壁面には多くのモノクロ写真が飾られ、セピア色の栄華の時代を想像させる。ホテル本館ロビーの無機質な現代的な印象とは全く違うたたずまいだ。

 もともとはアレハンドロ・モンテホ医学博士夫妻の住居で、一九三二年に完成した。当時は市の上流階級が集まる社交場としても有名だった。駐留する米軍将校たちも頻繁にモンテホ家を訪れたという。

 太平洋戦争が始まると、この建物も時代の激動にのみ込まれていった。

 一九四二年五月、日本軍の侵攻で米軍が撤退すると、モンテホ家の応接間は新しい来客を迎えるようになった。モンテホ博士の子息で、アレハンドロ・ホテルの経営者であるアレックス・モンテホさん(75)が当時を回想する。

 四三年の初めごろ、十人ほどの日本軍将校が家を訪れた。父親と日本軍将校の間でどういう交渉があって契約ができたのかはわからないが、次の日から将校数人が同家に住むようになったという。戦時徴発の対象になったのだろう。

 将校たちは同家の二階を占有し、モンテホ夫妻と八人の子供たちは一階の二部屋だけを使うことになった。どこかで調理された食事が毎日、家に運ばれてきたので「食糧不足のなかで食事には困らなかった」と、アレックスさんは言う。

 将校たちの入居は家族に狭苦しさを味わせたが、楽しみももたらした。「将校の一人が居間にあったピアノの鍵盤をたたいた時は驚きましたよ。すばらしいピアニストだったんです」とアレックスさん。

 軍人ピアニストは時々、「家内リサイタル」を開き、モンテホ一家はその演奏に心を洗われたという。

 しかし、軍人の滞在は長く続かず、約三カ月で「どこかへ行ってしまった」。さらに三カ月後、今度はアレックスさんが通っていたレイテ高校に赴任した男性の日本語教師二人が引っ越してきた。

 アレックスさんの記憶に残る名前は、二十歳代が「ハヤシ」で三十五歳前後が「スズキ」だ。今でも必ず「センセイ」を付けて口にする。「将校たちともいい関係だったけど、センセイたちとは友人関係になっりました」としのんだ。

 「センセイたちは戦争を嫌っていた。それをわたしたちフィリピン人に公言したセンセイ方には特別な思いがあったのでしょう」と言う。こうした会話ができるほど、一家と二人とは強い心の絆を感じ、育てたのであろう。

 米軍が四四年十月、レイテ島に上陸した。「ある日、二人の日本語教師が軍服を着て現れ、『私たちは出発することとなりました』とわたしたちに告げました。普段、戦争を嫌っていたセンセイが軍服を着ているのを見て悲しくなった。センセイも悲しかったと思う??」

 やがて、この二人の教師がタクロバン市北方で死んだという風の便りが届いたと、アレックスさんは顔をくもらせた。

 十月以降は、米、英など連合国側の報道陣が泊まりにきた。戦火の中心がルソン島へと北上するまで、滞在していた。時々、レイテ島以外のまだ日本軍の占領から解放されていない地域からも泊まり客があった。

 一九九八年、アレックスさんは自邸敷地でホテルを開業することにした。

 「この邸宅は戦争とともに生きたのです。そのことをホテルのサービスを通じて伝えたい」。アレックスさんの思いを端的に表現することになったのが、壁面に飾られている多数の写真である。

 九五年ごろから太平洋戦争に関する雑誌、書籍を集めて写真をコピーしていた。収集作業はなかなか難しかったが、地元のラジオ局が広報したお陰で多くの写真が集まった。

 展示中なのは四百五十点だが、それよりはるかに多くの資料が保存されていると、アレックスさんは胸を張った。

 ホテルを利用する日本人客の大半はココナツ産業などにかかわるビジネスマンで、戦争体験者や慰霊碑訪問客が泊まることはめったにない。

 アレックスさんは幼いころ、戦争と一緒にやってきた日本人と共有した時間を忘れない。「確かに『占領』

といえるが、友情があったし、笑いもあった。ピアノの演奏で感動することもあった」と語る。古い建物のどこかからピアノの音色が聞こえてくるような気がした。 (藤岡順吉、続く)

(2005.6.20)

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